本文へ移動

今日の試合速報

夏休みはJリーグに遊びに行こう! 全国で180,000名様ご招待!
夏休みはJリーグに遊びに行こう! 全国で180,000名様ご招待!

J’s GOALニュース

一覧へ

【ワールドカップイヤー特別企画】クロアチア代表ダド・プルショ選手インタビュー (06.05.13)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

目標はズバリ決勝トーナメント進出。日本戦は1−0で勝てれば最高さ!


■ダド・プルショ(クロアチア代表/グラスゴー・レンジャーズ/FW)

 ダド・プルショ。彼はジーコジャパン6月18日にニュルンベルグで対戦するF組第2戦の相手・クロアチアのエース。98年フランスワールドカップで母国が3位という輝かしい成績を残していた頃、彼はフランス3部リーグでプレーする無名FWだった。が、2002年ワールドカップ後の世代交代の時期に一気に頭角を現し、2003年に28歳で代表デビューした。遅咲きのストライカーだが、190cmの高さとスピード、非凡な決定力は日本守備陣を大いに悩ませるだろう。


ダド・プルショ選手
Q:まずF組の印象から教えてください。
「ブラジル、日本、オーストラリアのチームは大陸もサッカースタイルも異なっている。おそらく僕らにとって一番簡単なのがブラジル戦だろう。誰もクロアチア代表に大きな期待をしないからね。でも日本戦とオーストラリア戦に対しては国民の期待も大きくなる。その分、難しいよ」

Q:第2戦の相手・日本に対しては?
「中村(俊輔)を知っている。彼はセルティックにいて、すごくいいプレーヤー。中田(英寿=ボルトン)も有名だね。ヨーロッパ、特にイタリアで長くプレーしていた。そういう選手もいるから、簡単なゲームになるとは思っていないよ」

Q:日本代表のゲームは見たことはありますか?
「ある。日本対フランス戦。2001年にサンドニで行われたゲームだ」

Q:ずい分前ですが、その試合にも出ていた中村のことはどう思いますか?
「よく動く選手だね。日本の選手はみんなよく走る。本番ではよりベストな状態に調整してくるだろう。でも僕らが100%の力を注げば日本相手でも勝てると思うよ」

Q:中村に何か言いたいことは?
「あえて言うなら『来季を見ていろよ。僕らレンジャーズはタイトル奪回のためにがんばるから。大変なことになるよ』ということかな(笑)」

Q:日本戦はどんな戦いになるでしょう?
「1−0で勝てれば最高さ。でもサッカーは何が起きてもおかしくない。スコアを予想するのは難しいよ。自分たちが勝ち点を取るかもしれないし、取らないかもしれないし。それにね、日本対クロアチア戦は1度きり。クロアチアはフィジカル面、戦術面でベストな状態で挑まなければいけないんだよ。勝つためには運も必要だしね。日本はテクニックも優れているし、よく走るし、監督も優秀。そして今回も含め3回連続でワールドカップにも出ている。やってみないと分からないね」

Q:ダリオ・シミッチ(ACミラン)選手が「クロアチアで最も警戒すべきはプルショの速さだ」と言っていました。
「ありがとう。誰かが自分を高く評価してくれるのはうれしいね。自分を評価するのはあまり好きじゃないけど。いずれにせよ、クロアチア代表は個人頼みのチームじゃない。最大の強みはパートナーシップさ。僕らは1つのチームなんだよ」

Q:ニコ・コバチも「今のクロアチア代表には強固な組織力があるから、98年のチームより強い」と言ってました。
「いやいや、98年と今とは違ったチームだから比較はできないよ。実際、98年のチームは最高に素晴らしかった。素晴らしい選手がいて、素晴らしいサッカーをしていた。僕らはあの時ほど華麗じゃないけど、ゴールを奪うという部分では肩を並べられるかもしれない。98年よりも美しいサッカーじゃないかもしれないけど、今のチームには素晴らしいパスワークもある。そして勝てるんだ。スペクタクルなサッカーをして2−0、3−0で勝つことは少ないけど、1−0でしぶとく勝つ。つまり『勝てるチーム』なんだよ」

Q:28歳で代表デビューしたあなたにとって、今回が初めてのワールドカップになりますが?
「まさに『ドリーム・カム・トゥルー(夢が叶った)』だね。98年の頃は僕も夢見る人間の1人だったからね」

Q:どうやって夢を引き寄せたんですか?
「シンプルなことさ。チャンスを待つことだよ。クロアチアにはこれまでボバンやシュケル、ボクシッチといった世界的名選手がいた。みんな欧州名門クラブでプレーしていて、彼らのポジションを奪うのは物凄く難しい。自分にできるのは、代表でプレーするタイミングが訪れるのをじっと待つことだけだった。ボバン、シュケル、ボクシッチに代表を引退してくれなんて言うのは簡単じゃないからね(苦笑)」

Q:つまり、2002年日韓共催ワールドカップ後の世代交代の時期に、プルショさんはうまくチャンスをつかんだのですね。
「その通り。シンプルなことだよ。サッカーチームというのは、芳しくない結果に直面すれば選手も変わる。その時、白羽の矢が立ったのが自分だったんだ。代表入りしてからのストーリーはご存知の通りだよ(笑)」

Q:代表入り後はユーロ2004(ポルトガル)でも活躍。この大会後に監督がクラニチャルに変わったわけですが、チームはどう変化しましたか?
「よりオフェンシブになったと言えるのかな。攻撃的な選手が増えているし。両サイドのスルナ(ハイドゥク・スプリト)とバビッチ(レバークーゼン)は前に行ける選手だ。スルナはいつも右に陣取っていてアタックに出て行く。右サイドだけどコーナーまで出て行ったり、システム次第ではFWのような動きもする。彼だけじゃなくみんながここで戦うのを楽しみにしているんだ」

Q:あなたとクラスニッチ(ブレーメン)のFWコンビも素晴らしいですね。
「いや。僕が言いたいのは『サッカーは個人じゃない』ということ。メンバーも頻繁に変わるしローテーションもする。ストライカーだってそう。相手によってはシステムさえ変わる。いろんな可能性を持っているんだ。クロアチア代表のFWは今、オリッチ(CSKAモスクワ)と自分、クラスニッチ、バラバン(ブルージュ)がいて、相手によって誰が出るかが決まるんだよ。クロアチア代表は個人個人に頼るチームじゃないんだ」

Q:ご自身のプレースタイルはどう捉えていらっしゃいますか?
「悪いけど、僕は自分のことを話すのが好きじゃないんだ。人が自分のことを話すのはいいけど、自分が話すことはできないよ」

Q:そうですか。でも今は日本中があなたの存在を脅威だと感じているんですよ。
「だけど日本には違ったサッカースタイルがあるじゃないか。例えば以前の中田にしても、物凄くよかった。今はどうか知らないけど、鋭さや優れたフィジカルコンディションを備えていた。彼のようなクロアチアとは異なるタイプの選手もいる。国民もそのスタイルを誇りに思っているはずだよ」

Q:ズバリ、本大会の目標は?
「まずは決勝トーナメントに進むこと。大きくも小さくもない目標だけど、僕らにはポジティブなものさ。決勝トーナメントに進めばその後はどうなるか予想もつかない。決勝トーナメントに行けなければ、クロアチアの人々は不満に感じる。みな失望するだろうね。それだけ大きな期待を持っているんだ」

Q:クロアチア国民はシュケルのように98年大会得点王になってほしいとも願っていますが。
「僕はシュケルじゃない。プレーする時はいつもそうだけど、ゴールだけを目標には置いていないんだ。大事なのは個人の活躍じゃなくてチームが勝つこと。それが一番重要なんだ。自分が得点しても負ければ意味がないからね」

Q:最後にメッセージをお願いします
「何て言ったらいいんだい? 日本語で言うのは難しいね。コンニチハ、ニホンノミナサン、ガンバリマス!!」


ダド・プルショ選手プロフィール------------------------
1974年11月5日、クロアチア・ザダール生まれ。190cm、86?。93年にフランスへ渡り、96-97シーズンにモナコへ。その後数年間はフランスの下部リーグへレンタルで出されるが、99-2000シーズンにモナコ復帰。デシャン監督就任後に大ブレイクし、2003年3月のベルギー戦でクロアチア代表デビューを果たす。ユーロ2004(ポルトガル)にも出場。ワールドカップは今回のドイツが初めてとなる。
------------------------------------------------------------

取材・文/元川悦子
通訳・協力/岡部恭英(エバートンFC
写真/Office La Strada

取材日:2006年4月
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

旬のキーワード

最新動画

詳細へ

2024/07/29(月) 00:00 ハイライト:岐阜vs鳥取【明治安田J3 第23節】