佐藤 寿人と大久保 嘉人。J1通算得点記録の更新に期待がかかるエース対決に注目が集まるなか、試合を決めたのは川崎フロンターレのもうひとりのストライカーだった。
0-0で迎えた終了間際の84分、カウンターから左サイドを突破した中野 嘉大のクロスに対し、エリア内にフリーで飛び込んだ小林 悠が冷静に左足でネットを揺らした。
「嘉大が上手く突破して、良いクロスをくれたので、枠を入れることだけを意識しました。時間帯も良かったですね。堅い相手なので、1点勝負になると思っていた。キャンプからしっかり準備したことが出せたと思う」
殊勲の小林は胸を張った。
これで小林は3年連続の開幕戦ゴール。大事な試合で結果を残す勝負強さをまたしても披露した。
もっとも昨季は怪我の影響もあり、開幕戦の勢いをその後につなげられなかった。だからこそ小林は、こう続ける。
「怪我さえなければたくさん点を取る自信はある。身体のケアを意識して、1年間怪我なくやっていきたい」
王者・サンフレッチェ広島をアウェイで撃破したことも、自信をさらに深める要因となったはずだ。
「去年のここでの対戦では、上位に行けるかどうかの瀬戸際で、負けている。少なからずその悔しさを持っていた。アウェイで広島に勝つのは難しいし、引き分けるのも簡単ではない。本当に勝ててよかったし、FWとしてゴールという結果を出せたので、これから波に乗っていけると思う」
大久保だけでなく、今季川崎Fには森本 貴幸という本格ストライカーが新たに加わった。ポジション争いは熾烈を極めるが、王者を沈めたこの点取り屋こそが、川崎Fの躍進を司るキーパーソンとなるかもしれない。
この日の主役が小林なら、名脇役を演じたのは中村 憲剛だろう。鋭い縦パスでゴールチャンスを演出するだけでなく、巧みなゲームコントロールで試合の流れを引き寄せた。とりわけ、彼が下したふたつの判断が、川崎Fに勝点3をもたらす呼び水となったのだ。
「後半は自分たちのボールになったら、もっとゆっくりやろうよと(大島)僚太と話していた」
そう中村は振り返る。
「広島は5-4-1の形でブロックを引いてくる以上、ハイテンポで崩すのは簡単ではない。だったら、逆にもっとスローテンポのほうがいいのかなと。相手を陣地に帰らせて、守備で足を使わせるというか。とくにシャドーとウイングバックのところがしんどそうだったので、ゆっくり攻めることで相手を走らせようとした」
中村は広島が連戦であることも頭に入れていた。広島の選手たちは疲れを言い訳にはしなかったが、確かに後半の広島は運動量の低下の影響により、全体の距離感が悪くなっていたのは明らかだった。
さらに中村は、決勝点の起点にもなった。小林の得点場面を巻き戻せば、青山 敏弘からボールを奪った中村の姿が映し出される。
「あれはチームとしての狙いと、個人的に狙っていたところもあった。その少し前にも、青山選手からボールを奪った場面があって。たぶん青山選手は僚太のほうが気になっていたと思う。俺のほうは完全にブラインドになっていたから、こっそりいったら取れるかなと思ったら、上手く取れた。得点の場面でも森﨑和選手からボールが出た瞬間に、これは奪えるなと確信をもっていけましたね」
戦況を見極めた適切な自己判断により、中村は見事にチームに勝利をもたらしたのだ。
また中村は、攻撃サッカーが身上の川崎Fが、昨季の最多得点チームである広島を完封した事実にも言及する。
「フロンターレが1-0ですよ(笑)。やっぱり変わっていかないといけない。こういう試合をものにしていかないと。今日は我慢比べでしたから。これからもっともっと良くなると思う。引き分けと負けとでは全然違う。勝って進めるところはある。おごらず、今日やったことを忘れずにやっていきたい」
たかが1勝、されど1勝。頼れる主将に導かれ、川崎Fは悲願のリーグ制覇への第一歩を力強く踏み出した。
[文:原山 裕平]