天皇杯の敗戦からくるマイナス方向のメンタリティを吹っ切るために結果が必要だった北九州。「いいゲームをして勝つことで自分たちはメンタル的にもフィジカル的にも強いということを証明できるチャンス」(柱谷幸一監督)と捉えたゲームで劇的な逆転勝ちを果たした。再び立ち上がるために北九州が得たものは大きい。しかし取り返せなかった忘れ物に気づかされた試合にもなった。
ゲームは立ち上がりから東京Vが粘り強くボールを繋ぎ、厳しいプレスも続けて優位に試合を運んでいく。ただ北九州がブロックを固めるペナルティエリア内にまで入ることは容易ではなく、ポゼッションをしているもののゴールはなかなか近づかなかった。後半から鈴木惇を投入。守備へのアプローチとはトレードオフになったが攻撃力は厚みを増し、76分、ついに均衡が破れる。ゴールはやはり短いパスをテンポ良く繋いだ東京Vらしい攻撃から。平本一樹と安在和樹のパス交換でチャンスを作ると、安在のラストパスに鈴木が合わせてゴールを射貫き先制点を手にした。「普通のサイドバックではああいう発想はない」と平本が称える左サイドバック・安在の積極的な仕掛けと、鈴木のゴールセンスが光った。
北九州は失点場面の前後で内藤洋平、渡大生、大島秀夫をピッチに送り込む。これがボールの収まりの部分でフィット。疲れのない選手が上下動することで、ようやく北九州も人数を割いた攻撃を繰り出すようになる。86分に冨士祐樹の右からのコーナーキックをニアサイドで星原健太が合わせて同点。直後の88分には相手のクリアボールを拾った風間宏希からの展開で逆転に成功する。
鮮やかな逆転シーンだった。風間がふわりと浮いたボールを背後に送ると星原がタイミング良く走り込み、すぐさま折り返す。ゴール前では渡が相手DFを抑えながら潰れてコースを作り、池元友樹が思い切り良く振り抜いた。「いいタイミングで(風間)宏希から裏に出ることが何度かあった」とはアシストの星原。風間を信頼して裏へと走り池元のゴールを演出した。苦しい時間帯に風間、星原、渡、池元の4選手の息があった文字通りの劇的な逆転の瞬間だった。
東京Vも最終盤まで攻め続けたが76分から動き始めたゲームは2−1でゲームセット。東京Vにとってはあと一歩及ばず、北九州からみれば勝ちをうまく拾ったゲームとなった。
もっとも東京Vは多くの時間帯でゲームを支配した。ブロックを築く北九州から時間は掛かったが得点を挙げ、相手のカウンターにもハードディフェンスで対応。80分は持ちこたえることができた。「ゲームを終わらせるといった部分で自分自身の力のなさを感じた」と冨樫剛一監督は肩を落としたが、下位に沈んでいた東京Vもここに来て点を取る、失点を防ぐといったベーシックな部分から、ゲームを終わらせるというより高度な部分に着手できるようになってきたと言えるだろう。チーム状況の難しさはあるかもしれないが、次の試合や未来のチーム像に繋がる試合になったことは間違いあるまい。
他方で北九州はこの勝利を手放しで喜んでいいのかは微妙だ。もちろん冒頭の柱谷監督の言葉のとおり、ネガティブになりやすいメンタリティを結果によって吹き飛ばす必要があった。そのため勝利こそが最大の目標だったと言い切れる。その視座に立って眺めれば満点の出来だ。しかし、37試合目を迎えるチームはもう少し成熟したサッカーを見せられたのではないだろうか。もちろん連戦疲れもあったので無理に高い評価も低い評価もすることはできないし、結果が必要な状況下では内容はただの欲でしかないのかもしれない。それでも…。
天皇杯・山形戦の試合内容で垣間見えたもうひとつの課題。忘れ物。それは東京V戦でも顔を覗かせていた。例えばこれは今季前半戦でも述べたことのある点だが、ボールホルダーの選択肢が乏しくワンパターンになったり、リアクションサッカーに近い状況になったりと、歯車の噛み合っていない時間帯がいくつもあった。もっともそれは技術というよりは意思統一で改善が可能な部分だろう。「失点して『攻撃に』ってなってからはあれだけ押し込めるし、崩す力もあった。0−0のときにいかにバランスを気にしながらもあれだけ押し込める時間というのを作れるか。安定して勝つには大事になると思う」。同点弾に繋がるコーナーキックを送った冨士も改善の余地に言及した。
試合後の選手たちは得点の喜びもつかの間、取材を受けるときには硬い表情ばかりが印象的だった。俺らはもっとできるはずだ――。笑みの失せた表情の向こう側にそういう静かな闘志も未だ見通せた。忘れ物を取り返してシーズンを終えよう。大きな歯車を回していくための、小さな歯車の噛み合わせ。ぴたりと合う試合を残り5試合、見せつけたい。
以上
2014.10.20 Reported by 上田真之介