これこそ、広島である。こういう得点が何も力むことなく、普通にできる。だからこそ、広島なのである。
もちろん高萩洋次郎が「違い」をつくったスルーパスは、まさにプロの業だ。ペナルティエリアのすぐ近くで前を向いた瞬間、神戸のDFが6人、紫の10番を囲んでいた。しかし唯一、空いていた右前のスペースを彼はボールをコントロールした瞬間に見ていた。
コロコロと転がしたパスは塩谷のマーカーだった相馬崇人には追いつけないスピードとコース。しかし、シュートを撃つには最も適した優しいタッチ。そこに塩谷司が必ず走ってくることを見越してボールを「置いた」高萩のセンスは、常人とはやはり違う。「これが高萩だ」なのである。「走ってパスを出す。それを繰り返していれば、相手は崩れる」と語っていたパッサーは、日本の中でも異質な美学とセンスを持つ。他の選手がどうこうというよりも、彼だけが見ている次元が違うのだ。
「これが広島だ」と言い切れるのは、そこに走り込んできたのが塩谷だったという事実だ。
86分という時間帯で1点リードしている神戸は当然、それほどリスクを負ってはいない。美しいライン構成でバランスを崩さず、広島の攻撃に対処していた。ミドルシュートもスルーパスも持つ青山敏弘にボールが入っても、シンプリシオと森岡亮太が挟み込むようにして対応し、前を向かせない。だが、広島には一気にペナルティエリアの中まで入ってシュートを撃つストッパーがいる。
この時の神戸は、両翼に高く張る広島のワイドを警戒し、枝村匠馬や橋本英郎といったアタッカーまで最終ラインにおり、ブロックを形成していた。塩谷の上がりも「警戒していた」(北本久仁衛)はずである。それでも強烈なミドルシュートも持つストッパーが攻撃に参加したことで、相馬がラインをブレイクし対応せざるをえなかった。高萩が見つけたスペースは、まさに神戸の左サイドバックが前に出たからこそ生まれたものだ。
もし、ストッパーの攻撃参加がチーム戦術として確立されていないチームであれば、サポートの意味でMFからパスを受けた後、縦パスは出したとしてもシュートを撃つために一気に前に走ることは、あまりない。しかも塩谷は、監督の指示を受けて前線に上がったわけでなく、流れの中で最終ラインから自らの判断でスルスルと上がり、高萩を「使って」抜け出してゴールを決めた。もちろん、紫の33番が持つセンスあってのプレーであり「これが塩谷だ」と言うこともできる。だが彼は広島に移籍するまで、これほど挑戦的な攻撃参加を見せる選手ではなかった。一方、広島にとってこの形は、ペトロヴィッチ監督(現浦和)以来受け継がれ、ユースなどの育成組織にも浸透しているスタイル。やはり「これが広島」なのである。
神戸にとっての前半は、佐藤寿人や浅野拓磨のスピードに翻弄され、何度も決定的なピンチにさらされた我慢の時間帯だった。ボールを保持しても有効なスペースを見つけられず、個人の資質でシュートに持ち込む以外にチャンスは生まれそうになかった。
しかし前半終了間際に、相馬が見事なフリーランニングから森岡のスルーパスを引き出して決定的なシュートを放つと、後半は縦に速い攻撃が機能。71分、チョンウヨンが森岡に縦パスを出した瞬間に小川慶治?が一気にスプリントを仕掛け、広島の守備に緩みが生じたスキを見事についた。ワイドから斜めに走って清水航平を抜き去り、枝村のスルーパスに飛び込んでマルキーニョスのゴールをお膳立てした小川の躍動は見事だ。技術の高さにスプリントをミックスしたスピード感は、まさに「これが神戸」だ。スピード感に満ちた攻撃は広島を何度も窮地に追い込み、77分には枝村、83分には小川が決定的なシーンを迎える。
「ああいうところで決めていれば」と安達亮監督が嘆いたのも無理はない。もっとも森保一監督も「前半に決めていれば、もっと楽に戦えた」と唇を噛んでおり、両チーム共に「あと一歩」に泣いた試合だったと言える。ただ一方で、相馬のシュートを止めた林卓人、青山敏弘の強烈なミドルをはじいた山本海人、両GKの素晴らしいプレーの存在が際立っていたことも記しておきたい。
決定機でシュートを撃たなかったことを「どうしてパスを選んだのか」と悔やむ19歳の浅野が見せたスピード。オフ・ザ・ボールの動きでビッグチャンスを演出し、足がつるまで走りきった22歳の小川。若者たちがピッチで跳ねることで表現された躍動感に、エディオンスタジアム広島は最後まで湧きに湧いた。1対1の引き分けに終わりはしたが、両チームにとってポジティブな面が数多く見えた秋の日の午後だった。
以上
2014.09.28 Reported by 中野和也