「ヒサシブリ!ゲンキ?」
6月4日に埼玉スタジアム2002で行われたFIFAワールドカップ・アジア最終予選の日本対オーストラリア戦後のミックスゾーンで、そうやって声をかけられた。声の主はオーストラリア代表のジェイド・ノース。昨年は札幌で、一昨年はF東京でプレーしたDFだ。
ジェイドは本当に優しくて、いいヤツだった。練習後はいつも明るく笑顔で取材に応じてくれたし、敗戦後も丁寧に試合を振り返ってくれた。子どももかわいかったし、キックボードで疾走してクラブハウスから帰宅していく姿も、なんだかカッコよかった。
ある夏の暑い日の練習後、練習見学に訪れるサポーター用駐車場の横を歩いていたら、ジェイドに呼び止められたことがある。「この車の持ち主は誰?」と。見てみると、車の中には犬が1匹。「この気温が高いなか、犬を車のなかに入れておくなんて、何を考えているんだ。かわいそうだろ!」と、とりあえず筆者が一喝された。その後、ジェイドは夫人とともに車の持ち主が戻ってくるのを待ち、抗議をしていた。人にも動物にも、とにかく優しかった。
そんなナイスガイだったから、筆者もオーストラリア戦でジェイドに会えるのを楽しみにしていた。冒頭では“声をかけられた”を記したが、どちらかというと筆者が駆け寄っていき、それにジェイドが気づいてくれたというのが正解だ。
「今年の札幌はどう?好調?」「みんな元気にしてる?」「大通り公園のビアガーデンはもう始まった?」。アウェイのオーストラリア代表は、日本代表の選手たちよりもずっと早くミックスゾーンに現れたので、そうやっていろんな話をすることができた。そして「またいつの日か、札幌やF東京でプレーできたら最高だ」ともジェイドは言った。
その言葉は間違いなく本心だろう。昨年の秋口にオーストラリアの現地報道で「中東クラブがジェイド・ノースの獲得に動く」といった記事が出たときに、筆者はその件について本人に話を聞いたことがある。その時の彼の答えはこうだった。
「その手の報道はよくあることだ。オレは日本ではマイナーな選手かもしれないが、一応、代表選手だから母国ではちょっとは有名なんだよ(笑)。それはさておき、とにかくオレは日本でプレーを続けたい。この札幌の練習環境は最高だし、サポーターの後押しもすばらしい。F東京も同じようにすばらしかったし、選手としてさらなる成長をするには日本こそがアジアでナンバー1の場所だ。叶うか叶わないかは別として、できるだけ長くここでプレーしたいんだ」
残念ながら昨季をもってジェイドは日本を離れてしまったが、オーストラリア代表や、現在所属するブリスベン・ロアーのチームメイトにはいつも、日本のすばらしさを伝えているという。
「シーユー イン ブラジル」
去り際に彼はそう力強く発していた。絶対にワールドカップに行く、その強い決意の表れだろう。日本代表が晴れて出場権を獲得したいま、残り試合ではオーストラリア代表を応援したいと思う。そして日本代表以外のチームからも元札幌の選手がワールドカップに出場したならば、楽しさの幅も間違いなく広がるはずだ。
以上
2013.06.07 Reported by 斉藤宏則