より多くの収穫を得られたのは、サビアのPK2本で勝利した栃木だった。その中のひとつが、パウリーニョの完全復活。異次元のパフォーマンスを披露し、本来の姿を取り戻したことを強く印象付けた闘将は、「キャンプで出てきた課題を修正できたことが、今日の成果として現れた」と、自分達のサッカーが具現化できたことに対する充足感を口にした。2週間後に控える松本山雅とのホーム開幕戦を前に、自信を深めると同時にファン・サポーターに期待感を抱かせる、申し分のないプレシーズンマッチだったと言える。
最初にチャンスを作ったのは栃木。開始5分、近藤祐介のクロスをサビアがオーバーヘッドで合わせる。これは惜しくもクロスバーに嫌われたが、その後も堅守速攻のスタイルで主導権を握り続けた。川崎Fは最後尾からボールを動かそうとするが、パウリーニョを中心とした出足の鋭い栃木のプレスの餌食になってしまう。背中を取るなど、思うような形が作り出せなかった。一方、面白いようにショートカウンターを浴びせながらも決定打を打てなかった栃木だが、ようやく前半終了間際にPKを獲得。自ら奪ったPKをサビアが冷静に流し込んで先制し、思惑通りに試合を推移させた。
前半は守備ブロックを築かれたことで「間で受けるのが難しかった」(森谷賢太郎)川崎Fだったが、53分に病み上がりの中村憲剛が登場すると次第にリズムを掴んだ。司令塔に触発されるように個々のアイディアが膨らみ、攻撃の選択肢は格段に増えた。しかし、栃木の体を張った守備が行く手を阻み、再びPKから追加点を献上。加点した栃木は、実戦的な交代を行う。スピードに長ける勝又慶典と湯澤洋介を投入し、前掛かりになった相手に背後を警戒させることでけん制する策を打った。最後まで集中力は途切れることなく、交代も奏功し逃げ切りに成功。試合後にはリーグ戦開幕を前に凱歌「県民の歌」の予行練習を済ませることもできた。
前日まで宮崎でキャンプを行っていた川崎Fは、移動などの疲労は織り込み済み。極めて厳しい状況の中、どれだけ自分達の特長が発揮できるかに主眼を置いた。結論から言えば、正確性や精度は限られた時間の中でしか発揮できず、「パスを点で合わせるところの共通認識がまだ完璧ではない」と風間八宏監督。観るものを魅了する本来の姿には程遠かったものの、指揮官は悲観していない。むしろ、「ボールを動かして自分たちがやるサッカーに順応してきている」と、2次キャンプの総決算となった栃木戦も含め、これまでをそのように総括した。生じているズレを微調整しながら開幕戦に挑む気構えでいる。
J1でも屈指の攻撃力とタレントを併せ持つ川崎Fを完封した栃木。
「相手がボールを持って、それを待ち受ける守備としては、ほとんど問題ない」
松田浩監督は武器である守備ブロックに合格点を与えた。守備からリズムを作るチームの土台が揺らがなければ大崩れすることはなく、昨季よりも安定した試合が望める。今季は近藤祐介、クリスティアーノ、勝又と、前線にストライカーを補強しているだけに、無失点に抑えればワンチャンスを物にして勝ち切る確率が高まるはずだ。例えば、リカルド・ロボを擁した一昨年のように。
守備面に関しては問題ないことが証明された。あとは、「もっとゴールを取らないといけない」と西澤代志也が言うように、もうひとつの武器であるカウンターの精度を磨く必要がある。出し手はパスの質を追求し、受け手は最低でも枠内にシュートを飛ばす確実性を高める。開幕までの2週間、「今日のゲームの感覚を忘れず」(松田監督)、研ぎ澄ませる部分はさらに研ぎ澄ましていきたい。
早速、今季のスローガンである「感動!」を、結果でも内容でも提供することができた。開幕戦でも川崎F戦のように引き締まった試合を、選手達はしてくれるはずだ。勝利は約束できないが、勝つために全力を尽くしてくれるに違いない。だから、一人でも多くの人に、その雄姿を見て欲しい。勝った時の歓喜をシェアして欲しい。開幕戦、1万人でグリスタを黄色に染めよう。非日常空間を皆で作り上げよう。
以上
2013.02.17 Reported by 大塚秀毅