1月1日(日) 第91回天皇杯 決勝
京都 2 - 4 F東京 (14:05/国立/41,974人)
得点者:13' 中山 博貴(京都)、15' 今野 泰幸(F東京)、36' 森重 真人(F東京)、42' ルーカス(F東京)、66' ルーカス(F東京)、71' 久保 裕也(京都)
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カツカツと鳴るスパイクの少し甲高い音は、赤じゅうたんの敷かれた階段に消される。ホーム用の青赤のユニフォームに着替えた選手たちは列を作り、一歩、一歩、足を上げて進んでいく。指揮官は、その後姿をピッチの真ん中から見上げていた。自らの手を離れ、新たなステージへと駆け上がっていく姿に映ったのかもしれない。
「どんな成長を遂げていくのか。それが楽しみでもあるし、誰かが見続けていかないといけない。油断とか、隙とかで、簡単に崩れてしまうことだってある。サッカーはそういう怖さもあるから。俺は、これからもあいつらを見守っていくよ」
大熊清は、最後にとっておきのエンディングを用意していた。それを成し遂げると、ホッと一息ついてちょっと分厚い唇を振るわせた。
今季のJ2リーグ序盤、チームは低迷を続けた。小平グランドのクラブハウスの監督室に入ってきた指揮官の目元は少しくぼんで見えた。取材を終えて一言かけると、首を横に傾げて言う。「みんな色んなこと言うけどさ、誰も助けてなんかくれないから。でも、誰かがやんなきゃいけねぇんだから」。それ以上は、言葉にしなかった。チームはその後、紆余曲折を経て立ち直ると、白星を重ねて順位を上げていった。数ヵ月後、「マストだから」と、言っていたJ1昇格と、優勝を勝ち取った。J2リーグの全日程を終えて、残された最後の大会でも、一試合、一試合、全力を尽くす姿勢を崩さなかった。そして、元日決勝の朝を迎えた。
試合前の囲み取材で「昨日は、もう一回ビデオを見たりして2時とか3時ぐらいになったかな。あんまり眠れなくても、これが最後だから。ただ、さっき見たら選手たちはいい顔してましたよ」と、話した。
14時05分に、試合開始の笛が鳴る。互いに出足も早く、五分のゲーム展開で試合は進んでいった。スコアが動いたのは13分。こぼれ球を拾った、京都FWドゥトラが、ボールを一気に運ぶ。徳永、今野が挟みこんでボールをかき出したが、さらにこぼれたボールをMF中山博貴に拾われてしまう。「チーム全体が少し硬く感じた」と、今野は振り返る。中山にゴールを割られ、F東京は先制点を奪われてしまう。
しかし、その2分後、左CKのショートコーナで変化をつけると、MF石川直宏からのボールを今野が頭で合わせて同点ゴールを挙げた。キャプテンマークを巻く今野は、集まる選手に「落ち着け」と、合図を送る。ゲームは振り出しに戻ると、中盤でのせめぎ合いが続いた。両陣内を行き交う拮抗したゲームは、試合前日、「気になるんだよね」と指揮官が話した背番号3の右足FKによって破られる。
「知らなかったでしょ。実は、隠し持ってたんですよ。昨日の夜から決めてました。FKをもらっても、遠いと狙ってなかったので、決勝でそういう場面があったら無回転で狙おうと思っていました」(DF森重真人)
距離約30m。ボールをセットすると、石川が足の裏でボールを転がす。森重は、ボールから目を離さず、右足を振り抜いた。足から離れたボールは浮き上がり、横に揺れながらストンと落ちてゴールネットへと突き刺さった。不規則な弾道に「実際、俺がビックリしましたけどね」と、蹴った本人も驚くスーパーゴールでF東京は逆転に成功した。
F東京は、ここから元日決勝のピッチを楽しむように躍動し始める。「最低限のことは言うけど、選手たちにはイキイキとプレーして欲しい」と、話していた指揮官の言葉そのものだった。
懐かしい「イケイケ」のフレーズが頭に浮かぶ。攻撃、攻撃の連鎖が起こり、思い切りよくゴールを狙い続けた。この勢いが、追加点を生んだ。42分、FWルーカスが抜け出し、冷静にゴールへと流し込んでリードを広げて試合を折り返した。
今度は、ボールを繋いで、流麗なパスワークで敵陣を切り崩しにかかる。スタジアムは、それに合わせて「オーレ」の大合唱に包まれた。4点目は66分。ボールを大切にしつつ、選手が、前へ、前へと飛び出していく。自陣でボールを奪うと、スペースへの飛び出しと、パスが絡み合って左サイドを崩した。最後は、またもルーカスだった。左サイドを駆け上がった椋原のボールをコントロールして、フワリと浮かすと、京都GK水谷雄一の脇を抜けてゴールネットを揺らした。
その後は、セットプレーから1点を奪われたが、最後まで体を張ってフットボールを体現し続けた。ピッチに太ももを擦りつけ、体をぶつけて一個のボールをせめぎあう。その都度、ベンチ前では指揮官がサムアップで応えた。歴代監督が目指したそれぞれのエッセンスが散りばめられたサッカーが国立のピッチでは展開された。試合終了の合図は、心地よい笛の音に聞こえた。
2012年の初笑いは、元日の国立から始まった。今野が天皇杯を掲げる姿を見つめる大熊の目には涙がにじむ。目頭を抑えて、それを拭うと感慨深く喜びを噛み締めた。アウェイ側に陣取ったサポーターからの「サンキュー」の声援には何度も手を上げ、頭を下げた。ウイニングランを終えると、ロッカールームでは「お前たちのことを初めて誉めるけど、感動したよ」と、1年3ヶ月怒鳴り続けた指揮官が選手たちに短い言葉を贈った。
F東京は試合後、味スタ脇のアミノバイタルフィールドで行われた優勝報告会を終え、小平グランドへと戻った。解散式を行い、選手たちと別れると、プレッシャーから解き放たれた男は清々しく、晴れやかな顔を浮かべた。
ごまかしを嫌い、本質しか追いかけることができなかった。インタビューには、不器用で飾り気のない言葉ばかりが並ぶ。でも、つまり、こういうことなんだろう。何より純粋に選手と、東京を愛した監督だった。そのぶっきらぼうな指揮官のラストには、ちょっと似合わないほどに素敵な結末が待っていた。かっこよすぎるよ。「サンキュー大熊さん、サンキューな」
以上
2012.01.02 Reported by 馬場康平