10月10日(日) 2010 ヤマザキナビスコカップ
川崎F 1 - 3 磐田 (15:00/等々力/13,417人)
得点者:35' 大井健太郎(磐田)、38' ジュニーニョ(川崎F)、78' 山崎亮平(磐田)、88' 成岡翔(磐田)
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60分過ぎ、スコアは1―1。このままいけば、川崎Fが準決勝を制するという状況。磐田は、相手のカウンターを浴びながら、必死でアウェイゴールに迫ろうとしていた。両チームのサポーターのボルテージも上がりっぱなしの熱戦が繰り広げられるピッチに、MF那須大亮の叫び声が響く。「下がらない!」
ボランチの相棒MF岡田隆と攻守の役割を切り替えながら獅子奮迅の活躍をしていた那須。センターバックの前でアンカーの仕事もこなしていたが、その背後のスペースに巧みに入り込んでくるMFヴィトール・ジュニオールにチャンスを作られているからケアをしろ、というベンチの指示に答えた声だった。
この日怖かったのは、川崎FのFWジュニーニョとMFヴィトール・ジュニオール、FW黒津勝の前線での速さとテクニック。前半、3選手の連携からゴールを奪われ、その後も、手数をかけない速攻から彼らに特に右サイドの裏をつかれてピンチを招いていた。しかし、磐田は引かなかった。最終ラインも決して下がらなかった。下がらず、ペースを渡さず、逆転の2点目を取った。細かい事情は別にあっただろうが、那須の言葉は、勝利の土台となった選手たちの決意と気迫を象徴するもののようにピッチに響き渡った。
磐田がついにその2点目を奪ったのは、78分だった。68分にベンチは疲れが見え始めたMF西紀寛と左のMF船谷圭祐に代えて「フレッシュで“個”で仕掛けられる」FW山崎亮平、MF菅沼実を投入していた。前へ出て相手DFからボールを奪った那須が、すぐさま右足アウトで出したスルーパス。それに反応し、「あそこをつけはチャンスになる」と狙っていたDFの間のスペースから裏に抜け出したのは山崎。GKの動きをみて放ったシュートがネットを揺らすと、柳下正明監督は珍しく小躍りし、ベンチもサポーターも喜びに弾けた。トータルスコアは2−2だが、アウェイゴール換算でついに試合をひっくり返した磐田。しかし見る者にチームの成長と、決してフロックではない強さを感じさせたのは、ここからだった。
第一戦は0−1で川崎Fが先勝。最小失点とはいえビハインドを背負っての第2戦は敵地。さらに磐田は、代表戦や負傷、出場停止で、FW前田遼一、DF駒野友一、GK川口能活ら主力を5人欠いた。しかし、普段は控えに回ることが多い選手たちが等々力のピッチで繰り広げたサッカーは、「いつも通りのウチのサッカーをしたい」という試合前の指揮官の言葉通りのもの。立ち上がりから磐田は攻勢に出た。序盤は、ボールを持ちながらもちょっとした味方とのパスや動きのズレが出てリズムに乗れなかったが、ほどなくアジャストさせ、20分過ぎからペースを掴む。中央からサイドへ展開する攻撃も冴え、チャンスの濃度を上げていった。
一方、出方が注目された川崎Fは、アドバンテージを意識したのか、油断したのか、攻撃の起点である代表MF中村憲剛の不在が大きいのか、磐田の気迫に気押されたのか、第一戦の前半で磐田を圧倒した前線からの激しいプレスは鳴りをひそめ、やや引いて構えた。そのなかで35分、船谷の右CKを、ゴール前に突っ込んだDF大井健太郎が高い打点のヘッドでとらえて磐田が先制。だが、試合がイーブンに戻った時間はわずか3分。38分にジュニーニョに決められ、再びビハインド。78分に手にした2回目のリード後の展開の裏には、前半のこの轍を踏んではいけないという意識もあったかもしれない。
そのままのスコアでも勝利がなる状況だったが、磐田は受け身にまわらず、攻めに出た。山崎のゴールの直後、成岡が猛然と相手DFにプレスを仕掛けてボールを奪った瞬間、岡田がトップスピードで前線へフリーランニングしたシーンは、その姿勢を象徴していた。前線の選手のプレスは衰えるどころか激しさを増し、攻守の出足もギアアップ。ゴール前に放りこまれる相手のロングボールはDFイ・ガンジンや大井、那須が跳ね返し、そのルーズボールもことごとく拾って、川崎Fを圧倒した。川崎Fのシュートミスにも助けられたが、集中して背後への神経も研ぎ澄ましたDFの一歩の寄せ、一歩の速さ、GK八田直樹の果敢に前に出てシュートコースを消す動きが、シューターを焦らせミスを誘っていた部分もあった。
リードを奪ってさらに攻守のギアを一段上げた磐田が、3つ目のアウェイゴールを奪ったのは、88分。足が攣ったMF山本脩斗に替わって左サイドバックに入った金沢浄が攻め上がり、FWジウシーニョからボールを受けるとクロス。これを成岡がどんぴしゃのヘッドで決めて、決勝進出も決定づけた。
試合終了のホイッスルが鳴ると、ピッチに喜びの輪が広がった。プロ初ゴールとして値千金の2点目を上げた山崎の頭を、この日はベンチをあたためたMF上田康太が叩いて祝福する。右サイドを何度も駆け上がったMF山本康裕を金沢が笑顔でねぎらう。しかし、アウェイゴール裏でその様子を目の前にしながらも、涙でかすんで見ることができなかったサポーターも多かったのではないだろうか。国立への切符に3得点の逆転勝利というリボンをかけてプレゼントされた喜び、長い間待っていた強い磐田の復活を感じることができた感慨、選手たちのビハインドをはねのける素晴らしい戦いぶりへの感動は、ひとしおだっただろう。試合後、サポーターたちは、殊勲の大井や成岡、山崎の名とともに第1戦で骨折して長期離脱となったパク・チュホの名をコール。そして、勝利の歌をいつまでも歌い続けた。
チームにとっても、ただの1勝ではない。控えの選手が気迫をあらわにし、主力の選手と遜色ないサッカーを展開して逆転勝利したことは、今後に向けてチーム全体の自信となる。かねがね「チーム全体の底上げ」「選手が自分で考えること」「どんな状況でも自分たちのサッカーをやること」などをテーマにコツコツとチームづくりを進めてきているコーチングスタッフにとっても、大きな手応えとなったにちがいない。
興奮さめやらぬサポーターの応援ソングが聞こえる等々力のミックスゾーン。そこには、普段通りの表情の選手たちがいた。「次に勝たないとまったく意味がない」。
決戦は11月3日。7年ぶりのタイトルへ、あと1勝。
以上