72分、黒部光昭の交代が告げられると、スタジアムにひときわ大きな拍手がわき上がった。それは黒部にとっては特別な意味をもつものだった。
思うように出場機会が得られない日々が続いた今シーズン。それでも、黒部は変わらぬ姿で雁の巣球技場でボールを追い続けた。そんな時、彼に声をかけると、いつも同じ言葉が返ってきた。「選手は駒であって、誰を起用するかは監督が決めること。自分がやるべきことは、どんな状況にあろうとも常にベストコンディションを維持すること。その結果として、周りの人たちが『何故、黒部を使わないんだ?』という状況を作り出すだけ」。その表情に迷いはなかった。
久しぶりに回ってきた先発のチャンスは第33節のC大阪戦。この試合以降、黒部はその存在感を示し続ける。前線からの献身的な守備。攻撃の起点を作るプレー。その存在がチームに落ち着きを与え、攻撃のリズムを生んでいることは誰の目にも明らかだった。そして、仙台戦では昨シーズンの開幕戦以来となるレベルファイブスタジアムで得点を記録。湧き上がった拍手は、自らの手で環境を変えた証だった。「コンディションを維持していたから監督がチャンスをくれた。監督には感謝している」。ゴールの喜びを仲間たちと爆発させた後、彼が走り寄ったのは篠田善之監督のもとだった。
2度目の割れんばかりの拍手は81分、久藤清一がピッチを去る時に起こった。
1点目のアシストはFKから。「セットプレーの時、クロ(黒部)はいつも狙っている。そこへ合わせることを意識している」と、前日に話していた通りのプレーだった。そして2点目のアシストは右サイドからのエンジェルパス。競り合いからのこぼれ球を、いち早くフォローに入った時点で勝負は決した。ここぞというところに現れて、ある時は相手の攻撃の芽を摘み、ある時は味方の攻撃のリズムを作り出す。それは、まさにいぶし銀のプレー。「どんな選手であっても特別扱することはないが、久藤は特別な選手」と、篠田監督は絶対的な信頼を寄せる。
35歳という年齢。両膝に抱える痛みと付き合いながらのプレー。それでも、久藤はチームを牽引し続ける。それは試合のときだけではない。日々のトレーニングでも仲間に積極的に声をかけ、紅白戦では、プレーが止まるたびにピッチの中で細かな指示を与える。その姿を見るたびに、以前、久藤が口にした言葉を思い出す。「自分がしっかりやるのは当然だが、何かをチームに残したい。そういう年齢だと思う」。目の前の試合に勝ちたいという気持ちと、何かを伝えたいという思い。この日のプレーは、それが凝縮されたプレーだった。
様々な思いを抱いて試合に臨んでいたのは彼らだけではない。「前半戦チャンスがなかった選手が活躍している。自分もその流れに乗っかりたい。いつも通りじゃなく、いろんな気持ちを入れて臨む」。そう話していたのは長野聡。この日は丹羽大輝とともに、仙台の攻撃を無得点に抑えた。
「FWの評価はゴールだと思っている。ゴールを挙げることにこだわりたい」とは高橋泰。しかし、終了間際に敵陣深くまでボールを運ぶと、コーナーフラッグ付近で徹底的に時間を使った。自分のこだわりを捨ててチームプレーに徹する姿からは、どんなことをしてでも勝つという強い意志が伝わってきた。
そして、同じピッチに立った選手も、ベンチでともに戦った選手も、ピッチの外から見守っていた選手も、そして、怪我のためにサッカーができない田中誠と久永辰徳も、それぞれの場所で、それぞれの思いを胸に抱き、それぞれが戦っていた。この日の勝利は、そんな思いが重なっての勝利だった。
ここまでを振り返れば、「不本意」という言葉しか浮かばない。しかし、このままでは終われない。それぞれの思いの強さがあれば、まだまだ戦える。残る試合は12。福岡の戦いは終わらない。
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2009.09.16 Reported by 中倉一志