ちょうどフィールドを取り囲むように鉄骨の木立ちが矩形の森を作っている。明治安田生命J2リーグに所属するギラヴァンツ北九州の新しいホームスタジアムとなる「北九州スタジアム」の工事現場。1年後の完成へ、重機たちが槌音を響かせている。その向こうには関門海峡。源平の古戦場として高名な歴史の海を間近に、2017年シーズンからは現代の戦士たちが己の脚と技量を武器に、幾多のアウェイチームを迎えることになる。
北九州の現在のホームスタジアムは1989年に竣工した市立本城陸上競技場。陸上の第1種公認規格たる9レーンのトラックを持つスタジアムではあるものの、席数は1万前後と少なく北九州が「J1クラブライセンス」を得る上での障壁となっている。電光掲示板がなかったり、市街地から離れていたりと、観戦環境は決して好ましくはない。こうした状況を大幅に改善するのが建設中のスタジアムだ。ただ、建設に向けた動きは10年近く前からあり、北九州のJ2昇格以前から北九州市ラグビー協会とサッカー協会が新球技場の建設を要望。第三者委員会の検討などを経て新スタジアム建設が具体化し、2013年、小倉駅に至近の小倉北区浅野を建設地として北橋 健治市長が整備着手を表明した。
“建設決定”の事実そのものは関係者を喜ばせる一報ではあったが、見方を変えれば、竣工まではJ2クラブライセンスのまま据え置かれるということでもあった。北九州は昇格初年度の2010年にJ2リーグの最下位に沈んだ苦い経験がある。当時は降格は免れたが、柱谷 幸一新監督を迎えた2013年以降しばらくの間、どのようにモチベーションを保ってJ2リーグに留まり、J1昇格を見据えた体力作りをしていくかが大きなテーマとなっていた。
決して昇格という形での報いはなく、選手たちにとっても覚悟の北九州入りだった。ただ柱谷監督はJ1を見据えたチーム作りを行い、期限付き移籍の選手ではなくルーキーを多く獲得して戦略的なチーム強化を狙った。ベテランもその意気に応える。「結果で見返すしかない。ライセンスがないからこのくらいでいいということはない」。そう話すのはキャプテンのDF前田 和哉。来季のJ1クラブライセンス取得を見越して、「今年も昇格のプレッシャー懸かる順位の中でやらないと、実際に目指していく中で負けてしまう」とチームを引き締めている。
名実ともにJ1レベルに行くためにはクリアしたい壁がいくつもある。例えば現状では低迷していると言わざるを得ない入場者数をどう増やしていくか。例えばホームスタジアムが移ってくる小倉地区の盛り上げをどう喚起していくか。現スタジアムで、そして新スタジアムの周辺で、ソフト面、ハード面ともに各所が連携して取り組まなければいけない課題は山積だ。
もちろん新スタジアムに寄せる期待は大きい。筆者がサッカーとは違う取材で店や人を訪ねても、多くのケースで「スタジアムがいつできるのか」と聞かれる。単に気になっている人だけでなく、地域浮揚のトリガーにしたいという想いも覗く。
スタジアムに先行して10月下旬、小倉駅と新スタジアムを結ぶ動線の途中にオフィシャルショップがオープンする。北九州としては初めての常設ショップの開設で、プレオープンとなった10月16日にはさっそく多くのサポーターや報道陣が集まって真新しいショップを見て回った。「スタジアムへ行く動線の中にショップがある例は少ない。ここを北九州地域の情報発信の場にしたい。街があって、チームがある。その一員であることが大事だ」とクラブ関係者は話す。正式オープン時には約100点の商品を揃える予定で、北九州名物の焼うどんを作れるセットや菓子類などの土産物も集めていく。
このほか、10月は市中心部にある大型商業施設「リバーウォーク北九州」とのコラボイベントを開催。10日のセレッソ大阪戦では施設内の大型ビジョンを使ったパブリックビューイングを行い、アウェイの開催地に行けなかったサポーターだけでなく、買い物客らも足を止めて試合を観戦した。市内最大の商業地の小倉にショップができ、商業施設や小倉駅でもイベントも行う。効果の分析は必要とはなるが黄色の露出機会そのものは増え続けている。
MF風間 宏希は「勝つことで足を向けるお客さんも増えてくると思う」と力強い。風間や前田らJ1を経験してきた選手は特にJ1との盛り上がりの違いに敏感で、パラメータでもある入場者数という結果をも気に掛けてゴールを追いかけている。ライセンスがない中、北九州に生まれ育ったわけでなくとも、プロ意識高く戦う姿には頭が下がる思いだ。
新スタジアム完成まであと1年。駅から1万人の人たちがスタジアムを目指し、ゲーム後はユニホームのまま街を闊歩する――。その姿を現実に起こりうるものとして思い描き、クラブもサポーターも街も人も手を携えて同じ未来へと歩みを進めたい。それが地域の盛り上げに繋がるし、何より今年も10位前後と奮戦するチームへのせめてもの報いになる。
文:上田 真之介
見た目からの自称は世界最小級ペンギン系記者。北九州市生まれ。北九州のJ2昇格以降、J's GOALやサッカー誌などに北九州関連の記事を寄稿。山口で学生時代を送り情報誌の編集にも携わった縁から、北九州と並行してJ3の山口も追いかける。