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コラム

北條 聡の一字休戦

2015/6/13 11:02

脱出劇を先導する『サードマン』の価値(♯15)

人間は極限状態に置かれたとき、不思議な体験をすることがあるそうです。突然、何者かの声が聞こえ、危機的状況から救ってくれるのだと。この奇跡の生還へ導く声の主を『サードマン』(第三者)と呼ぶそうです。もっとも、この現象に関する科学的な研究は道半ばで、まだ詳しいことは分かっていないようです。現代人と比べて、はるかに危機に直面する機会が多かったと想像される古代人ならば、瞬く間に危機回避の道筋を探り当てるサバイバル能力が発達していたかもしれませんが。

このサードマン、サッカーの世界ではよく知られた存在です。こちらは敵の包囲網をかいくぐる際の先導者として。出し手(A)から受け手(B)にパスが渡る間に、サードマンが(C)が決定的なスペースに先回りしてボールを呼び込む。これがサードマン・コンビネーション、俗に言う「3人目の動き」ですね。守備者はAとBのパス交換に気を取られ、先を行くCの動きを捕まえにくい。そこから、相手ディフェンスを突破する有効な手立てとなってきました。

湘南戦でPKを誘う動きだしを見せた中村 憲剛選手(川崎F)
湘南戦でPKを誘う動きだしを見せた中村 憲剛選手(川崎F)

時空を先取りするサードマンの動きが、敵を煙に巻き、ボールの行く先を「誘導」するわけです。Aからパスを受け取るBは、迷わずC(第三者)へボールを流せばいい。それも止めて蹴るのではなく、止めずに蹴る。ワンタッチでパスを出されたら、相手はおいそれとはついていけません。局面にこつ然と現れ、包囲網からの脱出を手引きするサードマンは『プリズン・ブレイク』の主人公みたいな存在ですね。敵がボールに目を奪われれば、仕掛人(3人目)の思うツボというわけです。

先週末の川崎フロンターレと湘南ベルマーレの一戦でも「彼」は現れました。59分、右サイドで球を持つエウシーニョ選手から右前方の船山 貴之選手へパスが渡る間に、前方のスペースへ猛然と走りだす人の影………それが中村 憲剛選手でした。船山選手からワンタッチでパスをもらうと、そのまま縦へ持ち出して、一気にエリア内へ。対応が遅れ、後手に回った湘南の三竿 雄斗選手に倒されてPKを獲得し、逆転ドラマのナビゲーターとなりました。

ボールの行く先を決めるのは常に受け手である――そう話すのはオランダの名将ヨハン・クライフです。受け手が正しいポジショニングを取れば、必ずパスは回ると。また現役時代に『将軍』と呼ばれたフランスの偉才ミシェル・プラティニ(現UEFA会長)も「パスの送り手に技術やアイディアがあっても、企図を共有する受け手がいなければ、何も始まらない」と語っています。天才パサーほどレシーバーの値打ちをよく知っているということでしょうか。

現役時代は名パサーだった磐田の名波 浩監督
現役時代は名パサーだった磐田の名波 浩監督

最近、足元でパスをもらいたがる若い選手が増えたね。裏に走って受ければ、一発で崩せるケースは多いんだけど――。そう指摘するのはジュビロ磐田の名波 浩監督です。送り手のパスセンスを刺激するような「受け方」が必要なんじゃないかと。Jリーグ随一のパサーである憲剛選手は自らサードマンに転じることで、その手本を示した格好でしょうか。ボールが足元にあってもなくても、攻略のアイディアを実践できるところが素晴らしいですね。

Jリーグ史上最高のサードマン、通称「モリシ」こと森島 寛晃さん(写真は2006年4月29日撮影)
Jリーグ史上最高のサードマン、通称「モリシ」こと森島 寛晃さん(写真は2006年4月29日撮影)

ちなみにJリーグ史上最高のサードマンは「モリシ」でしょうか。現在、セレッソ大阪のアンバサダーを務める森島 寛晃さんです。味方のパス交換の間に、敵の「急所」へ潜り込むセンスに卓越していました。まさに一代限りの名人芸。第二のモリシは現れないでしょうが、違った個性を持つ新しいエキスパートの台頭に期待したいですね。敵の包囲網から大事なボールを逃がす脱出劇のメインキャスト。彼らの出現はほんの一瞬ですから、お見逃しなく!

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