コラム
2015/12/2(水)13:45
タイトルに飢えた三冠王者 度重なる崖っぷちからリーグ連覇を狙う【青山 知雄】
これが崖っぷちに立たされた男たちの強みであり、タイトルへの渇望なのだろうか。
これまで数多くの優勝決定の瞬間に立ち会い、タイトルを獲った選手たちの声を取材させてもらってきた。試合直後は興奮した“生”のコメントを聞くことが多いが、冷静になった頃に話をしてみると、ある共通点が見いだせる。それが「頂点に立った者にしか見られない景色がある」ということだ。
緊張感溢れる激戦を制し、表彰台に上り、優勝シャーレやカップ、トロフィー、優勝メダルを受け取る。そしてチームメートとキラキラと光る紙吹雪が舞う中でスタジアム中からの拍手喝采を受け、勝者の証であるシャーレやカップを高く掲げる――。一度味わった者にとっては忘れられない光景だ。表彰台からの景色を再び見ること、そしてあの感動を再び覚えることが、苦しい練習や厳しい戦いを乗り越えるモチベーションになるという。
ガンバ大阪は昨シーズンのJ1リーグ戦、ヤマザキナビスコカップ、天皇杯のすべてを制して国内三冠を達成。2000シーズンの鹿島アントラーズ以来となる史上2クラブ目の偉業を成し遂げた。だが、今シーズンはいまだ無冠のまま。7シーズンぶりのアジア制覇を目指したAFCチャンピオンズリーグ(ACL)はベスト4で広州恒大(中国)の前に屈し、ヤマザキナビスコカップは決勝まで勝ち進みながら鹿島に圧倒されて0-3で敗れている。10月はわずか10日間で2つのタイトルを逃すという悔しい時を過ごした。
特に前半から相手の出足に遅れを取り、球際で強さを発揮できなかったヤマザキナビスコカップ決勝は、前年度の三冠王者らしからぬ戦いぶりだった。長谷川 健太監督は試合後の記者会見で「『勝てるだろう』という慢心が、少しチームの中にあったのではないかと思う。気持ちの面で鹿島の『勝ちたい』『タイトルを獲りたい』という思いが我々を凌駕したのではないか」とコメントしているが、選手たちにもこの敗戦で足下を見直し、気持ちを引き締めた部分はあっただろう。さらに指揮官は会見の席上で「勝てない悔しさ、下から優勝チームや優勝チームのサポーターが喜んでいる姿を見る……。これほどエネルギーになるものはない。やっぱりどこかに心のスキがあったのかなと思っています。しっかりと切り替えて、今度はJリーグの戦いに向けてしっかりと見据えていきたい」とも話している。上から見下ろす景色とは正反対の風景――。歓喜の視界を知っているからこそ、G大阪の選手たちにタイトル奪回への思いは募っていたはずだ。
だが、彼らはそれから1週間後の11月7日に行われた明治安田生命J1リーグ 2ndステージ 第16節でサンフレッチェ広島にホームで0-2と完敗。この結果、年間勝点1位の可能性が消滅し、年間順位でもFC東京に抜かれて4位に落ちてしまう。リーグ戦で彼らに残された奪冠のチャンスは、リーグ戦で年間3位に入って明治安田生命Jリーグチャンピオンシップで勝ち上がっていくこと。最終節でFC東京が引き分け以下に終わることが条件という他力本願ながら、「人事を尽くして天命を待つ」とばかりにモンテディオ山形相手の最終節で意地を見せた。スコアレスの状態が続きながら、61分からの6分間で立て続けに4ゴールを奪って勝利。そこにFC東京がサガン鳥栖に引き分けたという報が入り、G大阪が土壇場でチャンピオンシップ出場権を獲得することに成功した。
過密日程の中でタイトル獲得へひた走るG大阪を見て、ふと思い出したことがある。それが2009年元日の天皇杯決勝だ。
2008年はG大阪にとってエポックメイキングなシーズンとなった。初めてACLを制し、FIFAクラブワールドカップ(FCWC)に出場。そこで準決勝まで進出し、UEFAチャンピオンズリーグ王者のマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)と3-5という激しい撃ち合いを演じたことを記憶の方は多いだろう。
ただし、このシーズンは過密日程の反動もあってリーグ戦は8位で終了。肌に感じた世界とのしびれる戦いをもう一度味わうためには、年末の天皇杯を制してACL出場権を獲得する必要があった。FCWCで3位に入ったG大阪は、大会終了から4日後に行われた名古屋グランパスとの天皇杯準々決勝を制し、3日での横浜F・マリノスとの準決勝は延長戦の末に1-0で勝利。そして柏レイソルと対峙したファイナルも90分間で決着がつかず延長戦へ突入すると、116分に播戸 竜二(現大宮アルディージャ)が値千金の決勝ゴールを蹴り込み、まさに満身創痍の状態で再びアジア行きの切符を手にしたのだった。
あの頃からメンバーは大きく入れ替わり、当時の“軌跡”を知らない選手が大半かもしれない。だが、自らが味わった何物にも変えがたき経験とタイトルへの渇望は共通する部分だ。果たして、思いの強さは結実するのだろうか。
今シーズンのG大阪は、明治安田生命J1リーグ、ACL、ヤマザキナビスコカップ、天皇杯に加えて、富士ゼロックススーパーカップやスルガ銀行チャンピオンシップにも出場。28日に行われた浦和レッズとのチャンピオンシップ準決勝まで、実に55試合もの公式戦を消化してきた。蓄積した疲労は抜け切らず、選手の身体を重くしていることは容易に想像できる。しかし、そんなことは理由にはできない。絶対に負けられない――。
運も向いてきている。浦和との一発勝負は終盤に「あわやオウンゴールか」というシーンからカウンターが発動し、勝ち越しゴールを奪うことに成功した。ループシュート気味のバックパスがポストを叩く事態にGK東口 順昭は「まさか(頭の上を)越えてくるとは思わなかった。軌道を見てポストに当たると思ったので、バックパスにならないように足でクリアしに行ったけど届かなかった」と苦笑い。「敵を欺くにはまず味方から」とでも言うのだろうか。ポストに弾かれたボールを鋭くつなぐ不思議な展開から決勝ゴールが生まれた。倉田 秋は「あれ(丹羽のバックパス)は入ったと思った。そこからのカウンターですよね。なんか勝負強いし、運があった感じ」と笑みを浮かべた。
話題のバックパスを出した張本人のDF丹羽 大輝は、試合後のミックスゾーンで玉のような汗を額に浮かべ、「(バックパスについては)何とも言えない」としながら「サッカーの神様はいた」とポジティブに語った。そして「ACLとナビスコの悔しい思いをこの試合にぶつけることができた。この気持ちはJリーグの舞台で晴らすしかないので、全員で力を合わせて頑張っていきたい。広島相手に2つ勝つことしか考えていないので、しっかり回復して水曜日の19時半に万全の状態で臨めるようにやっていくだけです」と続けた。
昨シーズンは三冠を達成したが、今年の立場はチャレンジャー。東口も「失うものはない」と前を向く。ただし、今のG大阪はタイトル獲得の喜びに飢えたハンターと化している。思えば丹羽はヤマザキナビスコカップで鹿島に敗れたあと、こう語っていた。
「ポイントはメンタルのところ。いかに強い気持ちを持ってやれるかどうかですね。気持ちの強いところにボールは転がってくる。そこが今日は鹿島のほうが勝っていた。負けから学ぶことはあまり良くないですけど、そこで学べるかどうか、これを教訓にできるかはガンバ次第。万博でもう一回ガンバのサッカーを見せたい」
気持ちの強いほうにボールは転がる――。浦和戦で丹羽のバックパスが枠に飛ばなかったのは、もしかしたら彼が抱く念の強さが勝っていたのかもしれない。
崖っぷちからのチャンピオンシップ出場権獲得、そして勝負どころでオウンゴール寸前のバックパスから見せたカウンターが、G大阪にファイナル進出への道を開いた。再びあの景色を見るために、そして今シーズンの悔しさを晴らすためには、ヤマザキナビスコカップ決勝の敗戦直後に追い打ちを掛けるように苦杯をなめさせられた広島に雪辱するしかない。米倉 恒貴の言葉を借りれば、「ここまで来たら優勝するしかない」ということだ。ただし、もちろん年間勝点1位の意地と誇りを胸に戦ってくる広島にとっても、絶対に負けられないファイナルであることに変わりはない。当然ながら彼らもG大阪と同じ景色、同じ悔しさを味わって来た経験を持っている。
激戦必至の明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ決勝。両者の意地と意地がぶつかり合う第1戦は2日19時半、大阪・万博記念競技場でキックオフを迎える。果たして、年間王者決定への“前半戦”で強い気持ちを見せるのはどちらか。
青山知雄(あおやま・ともお)
1977年6月27日、愛知県生まれ。現『サッカーキング』編集部。2001年の株式会社フロムワン入社以降、15年にわたってJリーグ、Jクラブ関連媒体を担当し、月刊誌『Jリーグサッカーキング』やtoto予想サイト『totoONE』の編集長を歴任。学生時代から全国のスタジアムへ通い続けてきた経験と人脈を生かして、Jリーグを取り巻くピッチ内外のネタを探り続ける。