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2020Jリーグシャレン!アウォーズ・ソーシャルチャレンジャー賞『手話応援デー/大宮アルディージャ』活動レポート
■ソーシャルチャレンジャー賞 積み重ねてきた大宮の物語
大宮アルディージャがエントリーした「手話応援デー」は手話応援実行委員会が中心となっている活動。2006年にスタートし、中断期間を経て、11回も重ねてきた。選考委員たちからも、この継続性への称賛の声があがった。
クラブもエントリーにあたって、手話応援デー以外にも色々活動はあったが、悩む間もなく、これにしたという。目新しいことをやるのも1つかもしれないけど、継続していることの意味があると力を込めた。
選考前の一般投票が、堂々の最多得票だったように、一緒に創り上げていくという関わっている人の多さや、ファン・サポーターはもちろん、サッカー・スポーツに興味がなくても参加出来そう!と思えるオープンなスタンスも評価された。これこそが、ノーマライゼーションの普及に繋がる。活動自体が進化していくのも素晴らしいし、ぜひとも全国に広がってほしいという思いを込めて、選出に至ったという。
【活動】は、こちらを参照いただきたい。
インタビューに参加していただいたのは、毎日興業株式会社の田部井良社長と、男澤望会長。そして、大宮アルディージャのパートナー営業グループ 池田正人さんと、ホームタウン推進グループの板谷玄さん。
活動のはじまりは、毎日興業株式会社の創業者である故・田部井功氏(注:今回インタビューをした田部井良氏のお父様)がスペシャルオリンピックス日本名誉会長の細川佳代子氏とのご縁があり、スペシャルオリンピックスのトーチランを埼玉でもと依頼され、運営したところから。その時の熱を絶やしてはならないとして企画した。クラブとの連携は、障がい者シートの企画に始まり、それが後に手話応援の活動に繋がった。
【活動秘話】は、こちらも是非ご覧いただければと思う。
先代と細川氏とのご縁は何だったのかと言えば、細川氏が製作総指揮をされていた「able」という知的発達障がいのある青年2人のある日常を追ったヒューマン・ドキュメンタリー作品の上映会だったのだとか。毎日興業の従業員向けに上映したいと連絡をとったところからご縁が始まったという。先代の生き様や社風が深く感じられ、背筋が伸びてくる。
【参考】”able”についてはこちらから。
年月を重ねてきた活動だからこそ、関わった人の想いもひとしおなのだろう。大宮アルディージャの池田さんの言葉からもこのプロジェクトに向きあうクラブの姿勢が見える。
「クラブもメンバーの1つで、実行委員会が主で、協働でやってる。受賞を聞いてまっさきにその人たちの顔が浮かんだ。気持ち新たになった。」
「本当は今回のインタビューも、大宮ろう学園の江藤千恵子先生や、実行委員の皆に出てもらいたかったのだけど、このようなご時世なので集まれず、代表して実行委員会委員事務局である毎日興業の田部井良社長と、男澤望会長にお越しいただいた。」
Jリーグがシャレンを立ち上げたとき、主語の転換をしようと言ってきた。自分たちが前に出すぎることは、ともすると独りよがりになってしまう危険や、仲間が限られてしまう。仲間が増えないと、笑顔をお届けする先が限られてしまう。そうならないために、リーグもあえて「Jリーグをつかおう。」というフレーズをつくって発信してきた。
シャレン!が立ち上がるずっと前からそれを実践してきたのがこのクラブだと思う。一緒にやる。活動自体も仲間も広がっていく。その積み重ね。
協働者に感謝を届けたい・そこに光が当たるようにというシャレン!アウォーズの趣旨からすれば、それが叶うカタチになれば嬉しいし、1人でも多くの人に、この取組みを知ってくれたらとの想いで、今回の受賞インタビューをお届けしたい。
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点と点が繋がる
―受賞の一報を聞いて、いかがですか?記憶に残るシーンがあれば、ぜひ
(毎日:田部井)実行委員会の皆、行政、サポーター、企業や団体、クラブが一体となって継続的に取り組んできたことが評価された。受賞をきっかけに手話応援の取り組みや参加するメンバーの想い、障がい者と健常者の繋がりを多くの方々に認知してもらえたのが嬉しい。数年前、アウェイサポーターからクラブに届いた一通の手紙があった。お父さんに無理矢理スタジアムに連れて来られた聴覚障がいの娘さんは、最初は怒っていたのだけど、たまたまその日が手話応援デーで、娘さんがすごく喜んでお父さんに「ありがとう、楽しかった」と、帰り道にお話しされたという内容でした。その手紙をクラブから共有いただいて。なんというか、点と点が線で繋がった瞬間を感じたというか、アウェイの方の心にまで届くんだというのがとても感慨深いことだった。
(毎日:男澤)最初は耳の不自由な人にはこうしたらという思い込みのようなものがあったんだと思う。「あれは勝手にやってる」という批判も聞こえてきた。参加する障がいをお持ちの方も多くはなかった。そんな時、さいたま市聴覚障害者協会の会長と面談の機会をつくったところ、「排除しないでほしい」と言われた。こちらは全くそんなつもりはなかったので「誰でも参加できるし、協力もできるんです」とお話したところ、「いやいや、自分たちは協力ではなく、実行委員会に入りたい」と言われた。
これを機に協会が実行委員会に参加し、聴覚障がい者の参加者も増え、手話指導してくれる人材が増えた。今ではブースを8つも出せるようになり、障がいのある人とない人の交流の機会をつくることができている。手話を教えてくれという人が大勢いることに協会の方々が感動していた、その時のシーンが想い出。
(大宮:池田)2、3年前かな。聴覚障がいの方も多く来てくださるが「また来年ね!」って会話をしたのが印象的だった。参加される人のそれぞれの想いの中に、ひとつの応援という場の設定があることの意味を感じることが出来た。
(大宮:板谷)自分はまだこの手話応援デーに直接かかわっている期間は短いものの、その中でも実行委員会の場が印象的。実は手話応援デー以外のところで、クラブと関係性のある皆さまが、そこにいて。それを見て、あぁ、長年の積み重ねで団結した組織になっているんだろうなぁと実感した。実行委員会の雰囲気は、参加者の皆さまがそれぞれの想いを持っているし、自分の意見をぶつけてくるから、熱気ムンムンですごい。
(毎日:男澤)実行委員の60名、協賛企業は20社ほどいるが、お金を出すだけではなく、活動に参加している。その年の活動が終わったら、打ち上げとともに必ず反省会を行い、課題を洗い出しておいて、翌年は課題の検討からスタートする。その積み重ねで今があると思う。
信頼される人を育むことから
―中断の時期もありました。なぜ会社としてやり続けているのですか?
(毎日:男澤)2010年に当時の田部井(功)社長から突然、「手話応援を復活する!120席用意したから」と言われた。「え、どういうことだ?」と思ったら、どうやらクラブからプレゼンツマッチを提案されたのを「冠名は出さなくていいから、うちは手話応援マッチをやりたい」と言って投げ返したのだという。それだけ手話応援への想いが強かったのだろう。
―なかなかできる判断ではありませんね。
(毎日:田部井)毎日興業は、「人が信頼を築き、信頼が社業を支え、社業をもって地域発展に貢献する」という社是がある。我々を育ててくれている地域の人への感謝の気持ちが根底に流れているのと同時に、信頼を築く人材になるために、人材育成に力を入れていて、日々取り組んでいる。
様々な取り組みをしているが、どれも従業員が一緒に参加して汗を流すというところをすごく大切にしている。障がい者と一緒に活動することで、自分たちも学びがある。先日も部下が、実行委員会で会議のファシリテーターをしているのを見て、頼もしいなぁと感じたり、自分の意見を発信するのを見て、日常とは異なる一面も見えて、成長を感じています。
(男澤)行政でも毎日興業と言えば・・・という感じで対応してくださる。手話応援自体が県庁の中でそれなりの位置づけなのだと気づかされる。10年やってきて、信頼を得られていると感じる。実行委員会も60名もいると、お互いが連携し、この活動以外でも様々な動き、新しいものが出てきている。
NOと言わない
―活動をしていくうえで大切にしていることは?
(毎日:田部井)自分たち本位にならないように気を付けている。実行委員会も最初は健常者が中心だったけど、今は聴覚障がいの方や、色んな視点をもったメンバーに入っていただき、多様な視点がある状態。そこにクラブにもきっちり調整いただいてる。
(大宮:池田)実行委員会形式で60団体の代表、ボランティア200~300人が関わってくださる中で、その提案をいかに具現化していくのか?を考えるのがクラブの役割。試合運営上、色んな制約やルールはあるが、具現化できなくても、代替案を出すことだったり、模索することを心がけている。
(毎日:男澤)NOと言わない。なんとかやれる方法を考えるという姿勢。せっかくやる気なのに、NOと言われると嫌になっちゃうから。
(大宮:池田)僕らは120パーセント、黒子に徹する。表に出る人たち、輝く人たちがいることが、活動を継続できることに繋がる。あと、大事にしているのは、NOと言わないときの、肌感覚。リアルな会議にでて、その場で「できると思います」と返事をするときの確度とか、クラブの運営の事情もわかりつつYESと言うときの覚悟は大事。
―クラブ内での合意形成は大変では?
(大宮:池田)クラブ内のベクトル合わせですよね。社長も含めて。会社で忘年会をやる前に”事業の取組み“を発表する機会があって、2006年からの歴史も共有して、新しいスタッフにも知ってもらった。自分がコントロールをしないといけないという部分もあるけど、大規模になってくるほど、当日も色んな判断が必要だから、クラブの中で私だけに問い合わせがくるのはよくないと思っていた。
(大宮:板谷)実行委員会にたまたま自分がクラブの代表という立場で参加しているだけであって、クラブスタッフの誰もが参加できることが理想と思う。その思いもあり、今シーズン1回目の実行委員会には、クラブのホームタウングループ4人全員を参加させてもらった。手話応援デー当日だけではなく、実行委員会から知ってもらって、感じてもらうのが大事だとも思っている。
(大宮:池田)やらせてもらう度に気づきがある。例えば、売店はそもそも、手話で注文するのも難しい。指さしでサインできるような環境が必要なんだとか、警備会社の人がトラメガで叫んでも届かないこととか。運営サポートとも一緒にならないと、お迎えできないことに気づかされたり。サポーターの協力がないと出来ない。コール回数が多いほど参加感があったり。サポーターリーダーとクラブのベクトルを話す運営スタッフの存在も大事。そんなことを毎回繰り返している。苦労は喜びですね。
―選手たちも色々気づきがありそうですね?
(大宮:池田)はい。手話応援Tシャツのサインをもらいに「大宮ろう学園」に行く時期がくると、「今年もこの時期が来たね」という会話になっている。選手たちも世代交代というか、バトンがつながっている。アカデミーの選手たちも来てるし、そういう経験をした選手がトップにあがってくるというのがまた歴史になる。大山選手の記事が、選手の声を伝えてくれていると思う。
【参考】選手の声の掲載記事
日常につくりたい風景
―今後に向けての想いをお聞かせください
(男澤)今も、聴覚障がいだけではなく知的障がいの子たちも300人ぐらい来てくれている。養護施設の人たちも来てくれる。色々な個性を持った人が集まっていて。障がいの有無にかかわらず混ざり合うことが出来てきた。最初はWe Are Orangeだったけど、前回ぐらいから相手チームにも一緒にやろうよと I Love Youの手話を広げていこうとしている。
(田部井)手話応援デーだけじゃなく、日常から、障がいの有無にかかわらず、例えばスタジアムの隣の席の人が聴覚障がい者だと気づいたら、サインをしたらどうだろう。心の繋がりがある風景が増えたらいいなぁと思います。
あと、施設管理の次の展開も考えている。災害時の避難所においても難しさが色々あると知った。ここでの関わりができたメンバーとともに、施設が避難所になった場合、障がいをお持ちの方もハードルを感じることなく過ごせるように。そんな施設づくりを実現して、心豊かな街や社会をつくっていきたい。
(池田)クラブは黒子に徹しつつ、もっと発信を頑張りたい。知ってる人は知ってるけど・・・じゃなく、Jリーグ知らない人にも届けられるように。受賞うんぬんということではなく、これをきっかけに、広がってほしいから。リーグの主管試合でも出来たらいい。
(板谷)社会連携は単体じゃない。選手による大宮ろう学園の訪問もあるし、埼玉県知的障がい者サッカー大会もある。様々なものがつながって線になるといい。希望としては、今後、障がい者サッカー連盟にHUBになってもらうなどして、インクルーシブフットボールのイベントを行えたらとも思っている。テクノロジーつかった新しい取組みの話もある。やりたいことが増えてくるほど、クラブスタッフのリソースでは全然足りなくなると思う。一緒にやってくださる人達が増えていったら嬉しい。
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これだけ長く継続してこられた秘訣は一体どこにあるのだろうか。私は、その問いをもちながらインタビューにあたった。
関わる人がそれぞれ主体的に、想いをもって取り組んでいること。毎日興業さんも、クラブも、その人たちの想いを実現できる環境を意識的に作ってきたことが話の中から伝わってきた。
シャレン!は社会連携の略。“連携”は文字で見るほど簡単ではない。“連携”はすればするほど、関わる人が増えれば増えるほど、そのコントロールは難しくなる。その調整に挫折してしまうことも少なくない。その中心にいる人達の在り方が、とても大切なのだと改めて教えてもらえる。
企業も資金力があれば、お金を出せば十分、もしくは、1社でやった方がネームバリューが出ると思ってもおかしくない。だが、手話応援の場合は違う。オープンマインドで人々を受け入れ、同じ方向を向くための丁寧な目線合わせをして、一緒に汗をかいて共通体験を持つ。
関わる沢山の人の想いが実現できるように、「どうしたら出来るようになるだろう」というスタンスでクラブは進める。満足することなく絶えず進化させる。うまくいかなかったことも新たな気づきとして、改善させていく。そうして、いつしか派生した活動があちこちに生まれてくる。
手話応援の話を聞いていると、なんだか勇気がわいてくる。関わってみたいという気持ちになる。あの人とこの人を繋げたらどうだろう?こんなことは出来ないだろうか?と提案したくなる。来年、数年後には違う姿がまたみられるのだろう。
全国のスタジアムに、そして日常に、障がいの有無に関わらず人々が混ざり、支えあい、学びあう。そんな素敵な風景が広がる日も遠くないかもしれない。さて、私は何から始めようか。