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2021Jリーグシャレン!アウォーズ
パブリック賞
『静岡市シェアサイクル事業 PULCLE(パルクル)
清水エスパルス』活動レポート
清水エスパルスが取り組む「静岡市シェアサイクル事業 PULCLE(パルクル)」が2021Jリーグシャレン!アウォーズ・パブリック賞を受賞しました。
「自転車のシェアサイクル」と言えば単純な仕組みに思えるこの取り組みを、なぜ地域とJクラブが協働することになったのか。この取り組みや清水エスパルスの活動は、地域にとってどのような価値があるのか。その魅力に迫るため、日々地域と向き合い仕事をする現地の「公務員」が、クラブや協働者に話を聞きました。
●活動エントリー内容は→【こちら】
●話し手
株式会社TOKAIケーブルネットワーク 営業企画部 山内崇資さん
静岡市 都市計画部 交通政策課 松岡利三朗さん
静岡サレジオ高等学校 山田邦彦先生
清水エスパルス 深澤陽介さん・村越剛さん・鈴木詩織さん・高木純平さん
●聞き手・文
大石誠(静岡市役所)
※本インタビュー記事は、全国の思いある公務員が集う「オンライン市役所」(運営:一般社団法人よんなな会)が担当しました
■チームPULCLEとしての活動。街中にオレンジがあふれる「エスパルスのある街しずおか」へ。
2020年3月、静岡市では 自転車に適した地域特性を活かし、より多くの市民が安全で快適に自転車を利用できるよう「静岡市自転車活用推進計画」が策定されました。新しくシェアサイクル事業を官民連携で実施することになり「自転車を活用し地域へ貢献!」という思いのもと、Jクラブ初、クラブ公認シェアサイクル事業は始まりました。
名称となっている「PULCLE(パルクル)」とは、エスパルスの「PULSE」と自転車の「CYCLE」を組み合わせたもの。自転車に乗ったパルちゃんをロゴマークとした、地域の新たなプラットフォームともいえるシェアサイクル事業です。
エスパルスはこの事業のなかで、キャラクターやオリジナルフォントを採用したロゴの使用、カラーリングなどのブランド協力に加えて、クラブの公式サイトやSNSにおける事業紹介やキャンペーン告知、ホームゲームでのブース設置などの広報協力等を行っています。
本事業のスタートは2020年6月。日本中が緊急事態宣言に揺れ、新たな生活様式と向き合っていた最中。コロナ禍において、ソーシャルディスタンスに配慮した交通手段として注目を集め、運動不足解消も担い、Jクラブ初の公認シェアサイクルという話題性もあり多くのメディアに取り上げられました。
半年間で、39ステーション・自転車94台から、2021年5月現在90ステーション・270台にまで事業は拡大。クラブのサポーターからも、
「通勤で利用している」
「ちょっと出掛けるのに車より便利」
「自転車だと車では気付かなかったお店を見つけられる」
といった声が聞かれ、利用者の約77%が30分以下の短時間利用といった「市民の日常利用」 のニーズを満たすサービスとして広まっています。
2020年10月には静岡サレジオ高校草薙フューチャーセンターとコラボして、「PULCLE」を高校生と一緒に盛り上げる活動に取り組み始めました。
静岡サレジオ高校の山田邦彦先生は「教育というのは学校の中では完結しないというのが静岡サレジオ高校の考えです。生徒たちが学校の中では学べないことを学ぶ、社会に飛び出すことを重視しています。今回の『PULCLE』との連携も非常によい学びの場になります」と話し、普段から「草薙のまちづくり」をテーマに地域の皆さんと共に地域の課題を未来志向で考える活動を行っています。
今回の連携では、生徒たちは半年に渡って「PULCLE」を盛り上げる政策を考えました。2021年3月には6つのプランを提案し、導入に向けて活動しているところです。
また「PULCLE」のステーション用地の一部は、事業に賛同した地元企業が無償で提供協力しています。日々の清掃・日常保守作業についても、NPO法人に依頼し市内4つの障害福祉事業所が担当するなど、「チームPULCLE」として地域を挙げたパートナーシップで運営されています。
■自転車のまち静岡。地域のインフラは地域の力で
静岡市交通政策課の松岡さんによると、この事業に取り組む背景には「静岡市は自転車が非常に多い街」ということがあります。ただ、同じく自転車が多い街、オランダやベルギーなどの都市と比べると、自転車の活用が進んでいるとは言えない。他都市の事例などを見る中で、シェアサイクルについて研究を重ねた結果、2020年6月から事業を開始しました。
民間事業者と共同で行うことになり、運営募集に手を挙げたのは、静岡に本社のあるTOKAIケーブルネットワークでした。TOKAIケーブルネットワークは放送と通信の2軸で事業を展開してきた会社。静岡県内では、そのサービスのシェアが非常に大きい会社です。
新たな事業の柱を検討する中で出てきたのが「MaaS(Mobility as a Service)」というキーワードであり、その延長線上にこの静岡市のシェアサイクル事業へのプロポーザルへの参加があったといいます。
今回の事業を進めてきたTOKAIケーブルネットワーク山内さんは、「地域のインフラは地域の会社で運営したい」と考えています。
「この事業の運営を、東京の会社が検討していると聞いていました。ただ、こういう地域のプラットフォームになるような事業は地元の会社で運営した方が良いと思い、これまで地域に根ざして事業をしてきた自分たちがチャレンジしようと決めました」(山内さん)
さらに、清水エスパルスに声をかけた背景は「静岡市民に最も受け入れやすいと思った」と。
「シェアサイクルというのは、この地域にとって新しい概念です。その新しい概念を、新しいブランドで実施しても、利用者に受け入れてもらうのはなかなか難しいのではないかと考えていました。新しい取り組みだからこそ、みんなが親近感を持てるようなパートナーを探さなければいけないと考えたときに、真っ先に頭に浮かんだのがエスパルスでした」(山内さん)
事業を始めても使ってもらえるとは限らない。新しいものを受け入れる時の心理的ハードルの高さに対して、地域や市民に親近感のあるパートナーを考慮すれば、最初から清水エスパルス一択だったのかもしれません。
■出来ない理由を探すより出来る方法を考える
清水エスパルスにとっても、交通の不便さは課題でした。清水エスパルスのクラブハウスや練習場は、富士山世界文化遺産構成資産三保松原がある三保地区にあります。しかし、清水駅からのアクセスは良いとは言えません。また、IAIスタジアム日本平へのアクセスも長年の課題。ブランド協力の話が舞い込んだとき、清水エスパルス広報部の高木さんは、すぐに一緒にやりたいと感じたと話します。
「シェアサイクルを利用すれば、アクセスの不便さを解消して、地域の交流人口がもっと増えるのではないかと思いました。また、広報的にもありがたい企画でした。2020年、クラブのエンブレムとロゴカラーを一新したので、その周知がクラブには必要だったのです。そのロゴマークや、新しくなったパルちゃんがシェアサイクルと連動することによる周知の波及効果は大きいと感じました。なにより、街中にパルちゃんロゴの自転車が走っている光景を想像するとワクワクしましたし、エスパルスを身近に感じてもらえるチャンスになるのではないかと考えました」(高木さん)
ただ、清水エスパルスブランディング推進本部の村越さんは、提案を最初に受けた時点では「正直難しいと思った」そうです。
「今回のシェアサイクルは市の事業です。静岡市にはいくつかのプロスポーツチームがあるなか、エスパルス、パルちゃんに絞るのは難しいだろうと半分あきらめていました」(村越さん)
実際、静岡市の中でも、議論があったそうです。後押しになったのが、以前から一緒に取り組みをしていたことでした。清水エスパルスと静岡市は、2016年から「COOL CHOICE啓発活動」を一緒に推進していました。「COOL CHOICE」は、CO₂などの温室効果ガスの排出量削減のために、脱炭素社会づくりに貢献する「製品への買換え」「サービスの利用」「ライフスタイルの選択」など地球温暖化対策に資するあらゆる「賢い選択」をしていこうという取り組みです。
今回のシェアサイクル事業も、まさにこの取り組みに合致していました。エコ、温室効果ガス削減、健康増進といった地域課題をスポーツの力で解決する事業でもあると位置づけられ、清水エスパルスと一緒にやることが決まりました。
ゼロから新しいことを企画したのではなく、静岡市と清水エスパルスが以前から一緒に協力してきたから実現できたことかもしれません。また、関係者が、できない理由を探すのではなく、できる可能性を探した結果とも言えます。
■Jクラブの新しい使いかた
「PULCLE」がスタートして、地域やクラブにはどのような価値があったのでしょうか。
「変化したという意味では、エスパルスと一緒に何かをやりたいと考えている人たちに『Jクラブの新しい使い方』を示せる事例が出来たと思っています。これからのJクラブはサッカーだけするのではなく、あらゆることができると思っています。また、ライセンスビジネスの良い事例になったとも感じています。クラブやTOKAI、そして行政や学校にとっても本当にwin-winの事業になったと思います」(高木さん)
サッカー選手がスポーツ教室をして、選手をキャラクターとして起用するだけでなく、「クラブのブランド」で連携する。それが「新しい使い方」だといいます。
「『Jクラブの新しい使い方』という意味では、PULCLEを見て、警察の方から交通安全の啓発動画を撮りたいというオファーがありました。パルちゃんが『PULCLE』に乗って自転車のマナー動画を撮って、それを警察署とかで流してもらうという話です。『PULCLE』という、シェアサイクルのプラットフォームを通して、いろんな人が新しいことを考えるきっかけになっていることを感じます」(山内さん)
関わる人が増え、事業の輪が広がっていく可能性を感じるお話です。
また、山内さんは、事業としての新しいパートナーシップのあり方も提案します。
「この事業を分かりやすく言うと『静岡の新しいプラットフォームに名前をつけませんか。お金はいりません。その分、対価を広報でください』という、お互いの手持ちリソースを出し合うという考え方が基本になっています。お互いのリソースが事業の根幹になっている、新しい連携事業の形になりました。
みんな最初は無理だと言っていたのですが、私は絶対にやりたかった。実際に、いろいろ知恵を絞って、諦めなければ何か方法が見つかるということを実感しました。社内や利害関係の調整はすごく大変で、今も現場では大変ですが、それでも諦めなければできるし、何か面白いことがどんどん仕掛けられると気づいたことは、個人的に一番得たものかなと思います」(山内さん)
静岡市の松岡さんは、「PULCLE」と関連して「若年層への交通ルールの啓発」の課題を解決するため、今後も清水エスパルスと一緒に、様々なメッセージを届けていきたいといいます。
「今までも啓発活動に取り組んできましたが、啓発しても相手に伝わっているかは別の話です。行動に移してもらえるかという点は、行政としてはずっと課題でした。今後のエスパルスとの取り組みの中では、静岡市が伝えたいメッセージをパルちゃんの背中に乗せて幅広い年齢層の市民の皆さんに届けていきたいと考えています。そのときに、この取り組みから大きな価値が生まれてくると期待しています」(松岡さん)
静岡市民に親しみのある清水エスパルスやパルちゃんを採用することで「交通ルールの啓発」という課題解決の糸口を今後、見つけることが出来るかもしれません。
清水エスパルスにとっても、試合を見に来てくれるファンだけでなく、普段の生活の中で応援してくれるファンのような「エスパルスファミリー」を増やしていくことにつながります。
試合が行われるスタジアムの外でも、普段の生活の中で、
「本当にエスパルスがこの街にあってよかったね」「エスパルスがあったからこのシェアサイクル事業ってできたよね」
そんな声が聞こえてくることが期待されます。
■まちをオレンジ化していく。清水エスパルスが日常に溶け込むまちの風景
今後、静岡市では2023年までには「PULCLE」のステーション300ヶ所、自転車600台の展開を目指しています。また「PULCLE」を使用した交通安全動画作成、観光ツアーや 健康プログラム、お試し移住者への提供や空き家対策など、様々な事業発展を検討。「PULCLE」をきっかけに清水エスパルスが地域の日常に更に浸透していく未来が描かれます。
清水エスパルス ホームタウン営業部の鈴木さんは、今後は試合や地域観光と連動した企画にも取り組みたいと意欲的に語ります。
「今後は『PULCLE』専用のスタジアム臨時駐輪場も試験的にやります。日本平スタジアムはアクセスが悪いので『PULCLE』で来場することがファンの選択肢になるように、いろんな活動を展開できればと思っています。『この取り組みこそがシャレン!です』と新たなパートナーに提案するきっかけにもなるので、本当に今後の可能性も広がっていると感じます」(鈴木さん)
クラブを中心にまちが元気になる。まちの交流人口が増えることでクラブも盛り上がる。「PULCLE」ののぼりや自転車にもオレンジ色が使われているので、まちのオレンジ化につながっていく。そんな期待に胸が膨らみます。
さらに、山内さんは自転車レンタル事業という当初の想定の枠を超えて、「PULCLE」を起点に様々な分野への派生を描きます。
「『PULCLE』の可能性は、単純な自転車レンタル事業にとどまりません。既に静岡市内だけで1万人弱の会員がいることは、新しいプラットフォームになりえます。例えば、『PULCLE』に搭載されたGPS走行データを分析することで得た行動履歴や付加価値を、今後どうまちづくりに活かしていくかをみんなで考えることもできます。継続して事業を続けながら、より大きな価値が生まれるような仕組にしていくことが、次に目指しているところです」(山内さん)
最後に高木さんは熱い思いを語ってくれました。
「自分が生まれた地域にクラブがあることを、メリットだと感じてほしい。そのために、エスパルスはさらに何に協力できるのか考えています。大事なことは、お互いに話し合って何ができるかを考えることなので、引き続き知恵を絞って、『PULCLE』の課題、静岡市の課題解決に協力していきたいです。
そして、エスパルスを使い倒してほしい!」(高木さん)
― 取材後記 ―
今回、取材前に思ったのは「PULCLE」が全国にあるシェアサイクル事業と何が違うのかということでした。取材を通して確かに単に自転車を貸すだけの事業ではないということが分かりました。そもそもJクラブが地域に無ければ出来なかったし、地域の課題解決を住民目線で考える企業が無ければこの形にはならなかった。結果、市民に親和性のある事業として、これから更に地域に浸透していくことが予想されます。
「出来ない」という思い込みを排し、それぞれの強みを生かし地域の課題解決にまでつなげていく。言葉にするのは簡単だが、実際に実現に到るまでには本当に大変だったと思います。
エスパルスからは、「PULCLE」で「Jクラブの新しい使いかた」を示せたという話がありましたが、地域の住民や企業の視点からも「Jクラブとの新しい関わり方」のヒントが見えたと思います今後、エスパルスと一緒に地域課題に取り組む新しいパートナーがどんどん生まれていくのが楽しみです。