分水嶺は、2人のマイスター=千葉 和彦と森﨑 和幸の意地にあった。
89分、森崎和の縦パスが遠藤 保仁にカットされ、そのボールがパトリックに渡る。G大阪の重戦車は猛然と突進。広島陣内に残っているのは千葉だけだ。1点のビハインドを負っていた広島は、同点に追いつこうと前にかかり過ぎてしまった。10人のG大阪に対し、後ろの人数合わせを見失っていた。この時点で間違いなく、焦りは広島にあった。
パトリックなら一気にゴール前までボールを運び、ゴールを決めきるだけのパワーもスキルも持つ。そしてもし、広島が3点目を失って2点差となれば、第2戦に向けて大きな荷物を背負い込むことになる。それだけは、避けねばならない。
パトリックの突進に対し、千葉はまず、良いポジションをとることを心がけた。
「浦和の試合で、彼がああいう形でボールを運ぶシーンは見ていたから、自分の中で残像として残っていた。できるだけ相手のプレーを遅らせれば、(森﨑)カズさんも戻ってくれていたから」
パトリックも森﨑和の戻りを意識しながら、少し外側に膨らんだ。いよいよ、ペナルティエリア。入ってくればシュートがある。来たかっ。G大阪サポーターの歓声が増幅され、広島サポーターの悲鳴が聞こえた。
「でも、ある程度の(コースを限定させた)シュートなら、(林)卓人さんが止めてくれる」という確信の元でじっくりと構えていたJリーグ最高のリベロは、G大阪の強烈ストライカーが決意を込めてドリブルを仕掛けたその瞬間を狙った。ここだっ!パトリックの長い足よりも、千葉が渾身の想いを込めて出した足が先にボールに触った。クリア。救われた。そしてここから、広島の大反撃がスタートする。
「全てのボールを自分に預けてくれ」と闘志を見せていた柏 好文の突破からFKを奪った。柴﨑 晃誠は当初、直接ゴール前に放り込もうと思っていた。だがその時、ベンチから「アオだっ」という声が飛ぶ。気づけば、フリーで青山 敏弘がいた。パスだ。
青山、狙い澄ましたクロス。佐々木 翔がいた。変化をつけたことで自由になった佐々木が、フワッと浮いたボールに向けて、全身の力を集中させて頭を叩きつけた。同点だっ。騒然とするスタジアム。G大阪は明確に引き分け狙い。だが紫の戦士たちは、あくまで勝利を希求した。柏が走る、前へ、前へ。CK。クリア。G大阪も決壊を許さない。繰り返されるスローイン。左サイドから広島は攻める。クリアにつぐクリア。時計が90+5分に到達した時、ようやくG大阪ボールのスローインだ。
ボールを持ったのは今野。ここで彼はサイドバックの選手にボールを渡すことなく、間髪を入れずに投げ入れた。その先には、虎視眈々とカウンターを狙っていたパトリックの姿があったのだが、そこを完璧に予測していたのが森﨑和である。
「G大阪はスキをついてくるチーム。あの場面、パトリックに向かって投げてくることは予想していた」
青山を経由して再びボールを持った森﨑和は、そこでクロスを入れるフェイントを入れて、左サイドの山岸 智を使う。ダイレクトで入れたボールは、フリーのドウグラスだ。シュート。当たり損ねた。浅野 拓磨。ブロックされた。だがボールは柏の目の前に。右足、入った、こじ開けたっ!
紫の歓声が、叫びが、悲鳴が、スタジアムを包む。逆転だ。アディショナルタイムに入って同点に追いつき、ラストプレーでひっくり返した。こんなドラマを脚本家が書いたら「現実味に欠ける」とボツになる。そんな奇跡的な結末。
その演出家となった選手が先制点を献上するミスの当事者だった千葉と森崎和だったことが、さらにこのドラマの深みを増した。広島が誇るパス成功率90%コンビの名手ふたりが、失態を自ら取り返すべく奮闘した。彼らがつくった流れに呼応したチームメイトたちの情熱によって、敗北の危機から広島は見事によみがえった。
「だけど、まだ何も手にしていない」
森保一監督の言葉は、選手たちの共通理解。「勝利の歓喜よりも危機感の方が強い」と林 卓人も表情を引き締める。最後の広島決戦に向けて紫の戦士たちは全ての力を結集し、12月5日を待つ。
[文:中野 和也]