プロサッカー選手にも、ピッチでは見せない別の顔がある。日常生活を送るうえで強いこだわりを持って取り組んでいることや、どっぷりとはまっている趣味など、プレーしているうえではうかがい知れない、それぞれの世界が存在する。
そんなマニアックな一面を浮き彫りにし、選手の新たな一面を発信する新連載。第1回目となる今回は、セレッソ大阪の田中 亜土夢選手に、得意としている水墨画の魅力について話を伺った。
白と黒だけで描く世界が水墨画の魅力
――今回のインタビューはJ.LEAGUE.jpの新企画で、選手のみなさんが持っているサッカー以外の特技やこだわり、強くハマっている趣味について伺うという企画です。記念すべき第1回目として本日は田中 亜土夢さんに、特技としている水墨画についてお話を伺いたいと思います。
「よろしくお願いします。なんでも聞いてください。」
――早速ですが水墨画を始めたのはいつですか?
「フィンランドでプレーしていた昨年のことです。調子が悪い時期があり、ある方に『絵でも描いてみたら変わるんじゃない?』と言われまして。『発想とか、アイデアとか、何か新しい刺激があると思うし、やってみたらいいんじゃない?』と。それがきっかけで描き始めました。元々、絵を描くことや細かい作業は好きだったんですよ。フィンランドで日本人の画家さんと知り合って、仲良くしてもらっていました。絵画教室もやっている方で、子どもや大人にも教えていて。その画家の方に教えてもらいながら、描き始めました」
――絵を描くことは昔から好きだったんですね。
「そうですね。小学校、中学校と、美術が好きでした。絵を描くこと、何かを作ることは好きですね」
――水墨画を描いたことはあったんですか?
「今回が初めてでした。その画家さんが描いた水墨画を見て、自分も描いてみたいと思ったんです」
――水墨画の魅力はどういうところにありますか?
「色がない分、白と黒だけで表現しないといけないところです。どれだけ上手くコントラストを出せるかが大事。『明るさと暗さの使い分けがしっかりできれば、上手く表現できる』という画家さんの言葉がずっと頭の中に残っています。今も描く時はそこを意識していますね。時には、その画家さんに写真を送って、『直すところありますか?』と聞きながらやっています」
――具体的にどうやって描くんですか?
「まず、写真を白黒でコピーします。そして写真と、自分が描く紙に線を引くんです。マスを作るんですよ。
そのあと、写真を見ながら、自分の紙にも同じように写していく。模写ですね。写真の線と同じように描けば、自分の絵も同じようになります。
そのあと、線を消して、写真を見ながら黒を濃くしたり。塗って、乾いて、塗ると、また濃くなるんです。重ねれば重ねるほど濃くなって色が変わっていきます。1日経って、馴染んで色が変わることもありますね」
――最初に描いてみた時はどんな気持ちになりましたか?
「面白かったですね。出来上がっていく過程が楽しい。だから、もう少しで出来上がると思うと、寂しくなります(笑)。でも、こだわれば時間をかけることもできるので、終わるのが寂しい時は、ゆっくりやることもありますね」
――ハマった理由は何でしょうか?
「1枚目がすごくいい出来で、自信が付きました(笑)。最初は愛犬を描いたんですよ。そこで犬の描き方がある程度分かったので、次に知り合いの犬も描いたんです。それをプレゼントしたら、額に入れて家に飾ってくれるほど喜んでもらえて。うれしいじゃないですか(笑)。そういうこともあって、どんどんハマっていきました」
昔から手先が器用だった「小技のアトム」
――1枚目から上手く描けたのは、才能があるんでしょうね。
「何でしょうね(笑)。でも先ほども言ったように、元々、美術が好きだったことはありますね。あとは、細かい作業が得意なこと。最初の模写が本当に細かいんですが、そこを上手くやれていると思います。手先は器用ですね。昔から“小技のアトム”と呼ばれていましたから(笑)。ちょっとしたマジックや折り鶴も得意です」
――小技のアトムとは、良いニックネームですね(笑)。
「小学生の頃から、折り紙とか上手かったんですよ。和紙1枚で、つながった鶴とかも折れますよ。別に性格が暗かったからとか、友達がいなかった、とかじゃないですよ(笑)。フィンランドでも、知り合いの子どもにマジックを披露していました。トランプや、コインを使ったマジックです。絵にしても、マジックにしても、『喜んでもらおう』『楽しんでもらおう』という気持ちが根底にあるんだと思います。やっていても、見ていても、楽しい気分になるじゃないですか」
「今紙ありますか?あればその鶴折りますよ。話しながらで良ければ。」
――え?今ですか?
「大丈夫ですよ。簡単に折れますから」
※その後、鶴を折りながらインタビューは続いた。
秋には個展を開くプランも!!
――そもそも、画家の先生とはどういうきっかけで知り合ったんですか?
「今、ジュビロ磐田にいる大井 健太郎さんの紹介です。大井選手の奥さんが留学でフィンランドにいて、彼女に日本人の知り合いがいたんですけど、その方が連れてきてくれました。画家なんですけど、サッカーも好きなんですよ。今も草サッカーをされています。フィンランドではいろいろ生活も助けてもらいましたし、そのおかげで活躍できた部分もあります。いろんな人の支えがあって、フィンランドでの生活を頑張ることができました」
――今までに何作品、描かれたんですか?
「何枚だろう?8枚ですかね。そのうち3枚はプレゼントしました。日本に戻って来てからも2枚、描きました。」
――どういう時に描こうと思うんですか?
「フィンランドにいた時は、思い立ったタイミングですね。今は必要にかられて描いています。実は今度、新潟で個展を開くことが決まったんですよ。だからペースを上げていかないといけないんです」
――個展を開かれるんですか!
「はい。初めてなので、地元の新潟がいいかなと。本当は夏に開く予定だったんですけど、描くペースが進んでいなくて、延ばしてもらいました。10月が誕生日なので、そのころに開く予定です。そこに向けて、バンバン描いていこうかなと。家にいる時間も長いので、そういう時に、描いています」
※その間にもどんどん鶴がその形を形成していく・・・
――描いている時はどんな気持ちなんですか?
「落ち着きますし、集中して描くので時間が経つのが早いですね。本当に没頭して描いていると思います。特に、プレゼントするとなると、気持ちも入りますね」
――気分転換や心を整える効果もありますか?
「ありますね。描いている時は楽しいし、他のことは考えないので、無心になって、落ち着くところはありますよ」
――ちなみに、描く場所は決まっているんですか?
「今まではダイニングのテーブルで描いていたんですけど、個展を開くことが決まり、専用の机を買いました。本格的にこだわっていこうかなと(笑)」
――上手く描くコツはあるんですか?
「最初、鉛筆で模写をする時に、写真と同じマスに丁寧に描いていくことが大事です。それがズレると、上手くいかない。はみ出たら修正が利かないので。性格的に几帳面な方が向いていると思います」
――おおよそ、ひとつの作品にどれくらい時間をかけるんですか?
「作品にもよりますけど、集中して描けば1日で描けるものもありますよ。犬1匹なら、朝から晩までやれば描けますね」
制約があるなかで、何かを表現する。サッカーと同じかもしれません。
――描けば描くほど上手くなる実感はありますか?
「最初から上手く描けたので(笑)。でもやっぱり、描けば描くほど、上手くなりますし、どんなタッチで描いたらどうなるか。そういうことも分かってきます。でも、上手く描けない時もあります。4枚目くらいかな?ミニクーパーと風景を描いたんですよ。ミニクーパーはある程度描けたんですけど、後ろの風景がダメでした。影の部分とかが上手く出せなくて、納得いっていません。だから、風景はもっと上手くなりたい。そのためには、描き続けないといけないですね。」
――「描けば描くほど上手くなる」という部分では、サッカーとも同じですか?
「そうですね。やればやるだけ確実に向上します。そういう魅力はありますね」
――他に水墨画とサッカーの共通点はありますか?
「何ですかね? 見る人を楽しませるという意味で、エンターテインメントという大きな括りでは一緒かもしれません。あとは、さっきも言ったように、白と黒の濃さだけで表現するという、その限定されている部分に水墨画の面白さを感じました。制約があるなかで、何かを表現する。それはサッカーと同じかもしれません。ほかに水墨画を始めた理由として、墨と筆だけで表現する、シンプルで描きやすいという理由もありました。サッカーも水墨画も、シンプルでありながら奥が深い。やればやるほど引き込まれていくので、もっともっと極めたいですね」
――いつか、何も見ないでイメージだけで描く、という境地にも到達しそうですね。
「それはできなそうです(笑)。あるものを写して描くのが僕の得意なところなので。でも、ある風景を見て、そのイメージだけで描くということも、できたら面白そうです。ずっと描き続けていたら、いつかそういう絵も描けるかもしれないですね。自分の世界観を出すという意味では、サッカーともつながっていると思います。最初は模倣から入って、やり続けることで、自分の個性を出していく。それはサッカーも同じです」
――水墨画は一生続けそうですか?
「そうですね。描き続けて、もっと腕を上げて、いろんなところで個展を開きたいです」
――プロサッカー選手として水墨画の個展を開くのは、田中選手が初めてでしょうね。
「そうだと思います。最初は地元の新潟で開きますが、ゆくゆくは大阪や東京でも開けたらいいなと思います」
「あ、はい完成しました。」
――(一同驚愕!)