去る3月22日、国際サッカー評議会(IFAB)のテクニカルダイレクターを務めるデービッド・エラリー氏が来日し、日本のメディアに対してビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)に関する説明会が行われた。
VARとは映像を用いて判定を補助するシステムのことで、ご存じのように、今夏に開催されるロシア・ワールドカップでも導入されることが決定している。また、すでにいくつかの国のリーグ戦でも採用されており、近い将来、ワールドスタンダートとなる可能性のあるシステムだ。Jリーグも導入を検討するなかで行われた今回の説明会。エラリー氏はまずVARの役割について「最小限の介入で最大限の成果を上げることが目的」と説明した。
VAR導入における最大の懸念は、映像を確認するために試合の流れが止まってしまうこと。試合中に起こり得るすべての判定でVARを適用すれば、当然、試合は何度も中断されることになる。しかしVARの目的は「明らかで疑いの余地のないエラー。明らかにミスだと分かるというものを避けること」と、エラリー氏は言う。
「つまり、ゲームを左右する事象のみに使われるということ。明らかに間違っている不公平なものを正すことであり、100%の精度を達成する目的ではありません」
ゲームを左右する事象とは、具体的に次のような例が挙げられるだろう。ゴールなのか、ノーゴールなのか。オフサイドかオフサイドでないのか。FKかPKか。イエローカードなのか、レッドカードか。こうした判定に対して、映像を見返すことで正しい判定を導き出すことになる。ただし、その判断はあくまで主審の権限だ。
「非常に重要なのは、最終的な判定を下すのはVARではないということです。最終判定を下すのは主審であり、VARは主審が判定する手助けをする存在に過ぎないのです」
もうひとつ、VARが適用されるのは「見逃された深刻な事象」だ。主審が見ていないところで行われる暴力的な行為に関しても、VARはその役割を担う。
主審はどうしてもボールのあるエリアを見ることとなるため、それ以外のエリアで起こりうる暴力行為を判断することはできない。しかしVARが導入されれば、そうした事象をカバーすることができる。
「昨年、行われたU-20ワールドカップではレビュー(見直し)の後に、レッドカードとなった選手がいました。暴力行為が見逃されなくなったことで、それ以降の試合では、ひじうちなどの暴力的なシーンはなくなったのです。つまりVARは、自分たちの行為が主審には見られなくても、映像によって見られているという意識を選手たちに分からせる効果もある。したがって暴力行為だけでなく、試合の不正操作も難しくなるでしょう」
2018年3月現在で、約40か国のリーグでVARを使用している、あるいは検討しているというデータがある。ベルギーの大学の調査によると、世界中のトップレベルのリーグでVARを使用した試合は972あり、実際にレビューが行われたのは3試合で1回の割合だった。そしてVARを用いることで起きた試合の遅延は平均して55秒に過ぎなかった。
これは1試合あたりで生じるFKの遅延時間(約9分)、スローイン(約7分)、CK(約4分)と比べても、明らかに短い時間であり、VARを使用しても試合の流れは失われないというデータが実証されている。また明らかなエラーの判定の精度は99%まで上がったということも分かっている。
もちろんVARの導入には、多くのコストがかかることや人材の育成など、様々なハードルがあるのも事実だろう。しかし、明らかなエラーによって勝敗が覆ることや、暴力行為・不正行為をなくすことにもつながるだけに、現実的にはメリットのほうが大きいと言えるだろう。
エラリー氏は、最後にVARがもたらす未来を展望する。
「すべての誤審がなくなると思っていません。目的はあくまで最小限の介入で最大の成果を上げること。VARを正しく使えば主審の一番の味方になりますし、フットボールの大きな味方になるでしょう」