「あれは気持ちよかったですね」
自陣からの狙い澄ましたフィードについて、橋本拳人はそう振り返った。イメージしたのは、DFの背後のスペースに落とすボール。タッチライン際を駆け上がる園田拓也のスピードに合わせたパスは橋本が思い描いた通りのポイントに届き、園田はこれを浮いた状態で、つまりチェックにきた荒堀謙次が触るより早いタイミングで中に折り返す。飛び込んだのは、前半25分にやはり右サイドの大迫希からの絶好のクロスを逃していた齊藤和樹。「GKとDFの対応がちょっと怪しかったので、嫌な所に入ろうと」思い切って頭で合わせる。58分の先制点は、関わった3人それぞれの「強気の判断」(橋本)と、開幕当初から意識づけてきたクロスのイメージが形になったものだ。
さらに69分、澤田崇のスピード溢れる突破から得た左コーナーキック。養父雄仁からのパスを受けた片山奨典がダイレクトで低いクロスを入れ、中山雄登がワンタッチでフリック気味に中へ。齊藤のファーストタッチは、右足にピタリと収まったわけではない。だがいったん浮いたことで、結果的にタイミングを外してシュートのアングルに持ち込むことに成功。左足のハーフボレーで、前に出てきたGK鈴木智幸の股を抜いた。
2−0というスコアは前節の横浜FC戦と同じ展開である。熊本にとっては残りの約20分をどう運ぶかが焦点になった。
栃木は直後の73分、右サイドバックのイ ミンスに代えて大久保哲哉を入れ、前線を西川優大との2ターゲットにすると、シンプルにクロスを入れる形を徹底。実際、88分に中央からの本間勲のボールに大久保が合わせたのだが、反撃はこの1点に留まった。試合を通して振り返れば、シュート数は同じ11本、コーナーキックの数では熊本の6本に対して倍の12本と圧倒しており、サイドに起点を作って押し込んだ栃木の方が優位に運んだ印象もある。しかし熊本は、押し込まれる時間帯もしのぎながら、ゲームをコントロールした。
それができた要因の1つが、全体的に引いてしまった前節の経験を生かし、状況に応じてラインを上げ下げしながらエリアを回復する姿勢を怠らなかったこと。橋本が先制の場面について述べた「強気の判断」は、守備においても実践できていた。
「ラインを上げられる時にサボらず、押し込まれても下げる位置が低くならないように、最初の段階で1歩でも2歩でも上げることは意識していた」と橋本が話した通り、全体を押し上げることで終盤にかけても高い位置でボールを奪えている。交代出場した巻誠一郎が執拗に追い込みをかけては、身体を張ってタメを作ったこともそれを可能にした。前半途中から見られた栃木の積極的なミドルシュートに対しては片山らが献身的にコースを消し、枠に飛んできたボールはGK畑実が落ち着いた反応で阻止。小野剛監督が切った交代カードの意図をピッチ内で汲み取った彼らはしっかりとそれを体現して、勝点3をたぐり寄せたのである。
1点差で敗れた栃木は、スタッツにも表れている通り決して押し込まれたわけではなく、特に左右両サイドからはチャンスを多く作るなど主導権を握る時間もあった。ただ近藤祐介が話しているように、熊本の早い寄せを受けてのミスも目につき、落ち着いてボールを動かす展開に持ち込めなかった。縦のスピード、前の高さと強さなど、力のある攻撃で実際に点も取れているからこそ、守備を安定させて続いている失点を止め、強みをより生かすためにもゴールに向かうバリエーションを広げたいところ。
一方の熊本、前節に続きリードしてからの失点は、もちろん課題として修正すべき点だ。しかし、ここまで練習で積み重ねてきたことが攻守両面でコンスタントに表現されるようになってきたことは、プラスに捉えてチーム全体の自信にしたい。
「常に成長し続ける、これを大事なキーワードとして貫いていく」。小野監督のこの言葉が、これまでと同じように残りの10試合の道標となる。
以上
2014.09.21 Reported by 井芹貴志
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