試合終了後の大ブーイングは、この日の名古屋へかけられた期待の大きさを表していた。個性を活かす3バックの導入と、レアンドロ ドミンゲスの移籍加入による痛快な巻き返しへの第一歩を、誰もが期待していたのである。
だが、冷静に考えれば6月のキャンプ終盤から導入を決めて以降、スパーリングパートナーは格下ばかり。今節が初のJ1クラスの相手と試合をするチームは、まだ明確な勝利への道しるべを持ってはいなかったようだ。同じ中断期にみっちりと戦術練習を積み上げてきた徳島とは好対照で、それがそのまま試合結果に反映されたと見ることもできる。
小林伸二監督も言うように、個人能力では名古屋に分があった。古巣対決となった千代反田充はかつてのチームメイトを心配するようにつぶやいている。「せっかく良い選手がいるのに、まだできあがっていない感じがする。闘莉王も悩んでいるように見えた」と。
キックオフから始まった主導権争いは一進一退だった。レアンドロを加えた布陣での初の公式戦となった名古屋は、彼を起点とした中央からの細かい崩しと、ロングフィードで永井謙佑や小川佳純を走らせる大きな展開の双方を使って徳島陣内に攻め入った。これに対し、徳島は今やJリーグでは珍しくなくなった3−6−1と4−5−1を行き来する変則3バックで対抗。新加入の村松大輔と福元洋平、藤原広太朗で構成された3人のDFラインは、攻めに転じると村松と藤原がサイドバックとなり、代わりにボランチの斉藤大介が最終ラインに加わりビルドアップを担当する。前線では機動力のある衛藤裕と宮崎光平、そして高崎寛之が攻守に激しく動き回る。立ち上がりからペースを握ったのは徳島だが、要所を締める形で名古屋が耐え、20分が経つ頃にはイーブンの展開となっていた。
試合が動いたのは前半27分のことだ。右サイドで矢野貴章からパスを受けたレアンドロはターンするやすぐさまペナルティエリア内で動き出しを見せた小川にスルーパス。これが絶妙だった。小川のマークについていた藤原は完全に裏を取られる形となり、抱え込むように相手を倒してPKを献上。これを闘莉王が長谷川徹との心理戦を制し、シュートに触られながらも待望の先制点を捻じ込んだ。
しかし徳島も気落ちせず、10分後の37分に左サイドからのパスを受けた高崎が決めて同点に。「3バックの間やバイタルが空くことはわかっていた」と、スカウティング通りに相手の急所を突いてみせた。だが、残念ながら両チームが歓喜する瞬間は、これで打ち止めだった。
後半に入ると、徳島の選手たちの運動量が目に見えて落ち、名古屋がペースを握り出す。先にも述べた両チームの個人能力の差が、ボディブローのように徳島の選手たちの体力を奪っていったのだ。「グランパスの切り替えが早かったのと、個の能力が高いので、取った後に取られる」とは小林監督の言。高崎も「ボールの失い方が悪くてこっちの攻撃もなかなか深い位置を取れなかった」と認める。名古屋が、特にダニルソンが際立った活躍を見せた部分だ。ボールを失い、徳島がカウンターに持ち込もうとした瞬間、ボールホルダーには必ずと言っていいほど背番号8がプレッシャーをかけていた。永井ばりのスプリントと強力なフィジカルを駆使してピンチの芽を摘む姿は、まさに掃除屋。序盤戦ではいらぬミスからピンチを招くこともしばしばだった男は、明確な役割を与えられたことで迷いなくプレーに専念できている印象を受けた。
前半のシュート数が名古屋5対徳島3に対し、後半は8対2。絶対数はそれほど多くないが、いかに名古屋が押し込んだかがよくわかる数字だ。だが、ゴールは遠かった。69分に西野朗監督は小川に代えてボランチの磯村亮太を投入。しかし磯村は最終ライン中央に位置取り、入れ替わるようにして背番号4がトップの位置へ。膠着していた戦況を突き崩すため、指揮官はやや早い時間帯からのパワープレーを決断した。そこから76分に永井に代えて矢田旭を、83分には佐藤和樹に代えて松田力を入れ、とにかく攻め続けた。
それでも、名古屋は追加点を奪えなかった。徳島の大崎淳矢が「最後はサンドバッグ状態」と表現するほど押し込んだにも関わらず、ボールがゴールネットを揺らすことはなかった。決定機は少なく見積もっても4度はあった、その1つでも決めていれば、結果は変わっていただろう。取れる時に取らなければ、勢いも流れもやってこない。しかもやっていることが本来の形ではなくパワープレーでは、引き分けでもサポーターがブーイングするのも、心情的には理解できる。
勝点1を分け合う結果に対し、両チームの反応も対照的だ。アウェイで勝点1を“得た”徳島は手放しではないものの、好感触の試合だった模様。小林監督も守備の出来には合格点を与えており、あとは攻撃における精度と冷静さだと話す表情は暗くはなかった。最下位でいまだ勝点5という状況は依然として予断を許さないが、生き残るためにチームがすべきことは見えたように感じた。
一方で勝点2を“失った”名古屋の表情は渋い。「なかなかここ(豊田ス)で良い会見ができませんね」と切り出した西野監督は、「工夫が1つ、2つ足りなかった」と単調な攻撃に苦言。これは闘莉王の「もっとサイドからのクロスが欲しい。オレが潰れ役になるのはしんどい」とリンクする。闘莉王がFWになるという現象を、パワープレーとしか捉えられないのは危険だ。この日闘莉王がFWになった時間を考えれば、彼を純粋にポストプレー型のFWとみなしてゲームを作ってもよかったはずだ。そのあたりは今一度チームとして意思疎通を図るべき点だろう。
名古屋にとってポジティブな面は、レアンドロが名古屋の一員としてまずまずの存在感を見せたことだ。特筆すべきは味方に“勝負させる”能力である。PKのきっかけとなったスルーパスを始め、彼のパスは受け手に五分五分以上の勝負をさせる力がある。例えば後半、こんなシーンがあった。佐藤が内に切り込んでレアンドロにパスを出し、それほど良くはないコース取りでペナルティエリア内に侵入した。しかしレアンドロは何事もなかったようにダイレクトの浮き球を佐藤の前に落とし、DFにクリアさせる“チャンス”に仕立て上げた。この日はほぼすべてのセットプレーのキッカーを務めたが、彼のボールの行き先では、常に敵味方が競り合っていた。相手DFが1人でクリアする場面は珍しくない。つまりはいかにピンポイントで味方に合わせているかということである。彼のコンディションが上がり、連係も深まった時にどんなサッカーが展開されるのか。この日の様子ですでに攻撃の全権を握ったように見えた司令塔には期待しか膨らまない。
押しなべて見れば課題の方が多かった名古屋に対し、手応えの方が大きかったのが徳島といったところ。再開初戦を最高の形では飾れなかったが、今後に向けた戦いの指針を得られたのはどちらも同じだ。徳島は精度を、名古屋は練度を高めていくことで、戦いを有利に進められるようになるだろう。久々のホームゲームで大ブーイングを浴びてしまった名古屋だが、前を向くだけの材料は得ている。
以上
2014.07.20 Reported by 今井雄一朗
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