事務所で話を聞いたのは２月18日の午後だった。関東甲信越地方を２度襲った南岸低気圧により松本市内にも大雪が降り、市内各所にその爪跡は残っていた。
「２年間松本に住んでいましたが、これだけ降ったのを見るのは初めてです」
この２月から株式会社松本山雅で主にスクールコーチを務めることになった小林陽介さんは苦笑いを浮かべた。

初めに小林さんの経歴について触れておきたい。現役時代は得点感覚に優れたアタッカーで、浦和ジュニアユース・ユースを経てトップチームに昇格。しかし分厚い選手層にも阻まれ出場機会はなく、ＪＦＬの横河武蔵野ＦＣに移籍。２００６年はリーグ２位となる23得点を挙げるブレイクを果たす。３シーズンで38得点の活躍が認められ、熊本（当時ＪＦＬ）へ移籍して２シーズンプレー。２００９年からは当時地域リーグで苦闘を続けていた松本に加入し、ＪＦＬ昇格に大いに貢献。２０１１年から昨季まで再び横河武蔵野で現役を続けていた。
「昨季限りで横河武蔵野を離れることになり、現役選手を続けるか、ほかの仕事を探すかを考えていた11月末頃に、『松本に帰ってこないか』とフロントの方から声を掛けていただきました」
現役に未練がないと言えば嘘になる。しかし引退後はサッカーに関わる仕事に携わりたいという希望もあり、クラブからの熱意も感じた。「12月中には返事がほしいとのことだったので、何度も家族会議をしました」。その結果、「やはりサッカーで食べていくことは難しい。自分だけの気持ちではなく、家族をも守ろうと考えました」――。子どもが産まれてから１年１年、いつ辞めても後悔しないようにプレーしてきたこともあり、今は気持ちも吹っ切れて前を向くことができている。

松本でのプレーは２シーズンと決して長かったわけではないが、特に２００９年の戦いは多くのサポーターの胸に今なお焼き付いているようだ。北信越リーグ１部では４位に終わったものの、『敗者復活戦』とも言える全国社会人サッカー選手権大会で優勝。地元アルウィンでの全国地域リーグ決勝大会を勝ち上がり、ＪＦＬ昇格を果たした激動のシーズン。「移籍してきて、『このチームでスパイクを脱ぎたい』という気持ちがありました」と、サッカー人生を松本で締めくくる覚悟で日々を挑んでいた。だからこそ、２０１０年限りで契約満了となった時には寂しさもあった。「地域リーグからＪＦＬ、Ｊリーグへと進んでいく過程を一緒に夢見たかった。サポーターの皆さんとＪリーグに加盟するという目標を達成できずに離れるのは複雑でした」。

２度の横河武蔵野時代はアマチュアだったこともあり、酒店に勤務しながらサッカーを続けた。取引先や個人への配達業務をフルタイムこなし、練習は夜から。それでも理解ある勤務先の協力は本当にありがたかったと言う。「松本にお世話になることが決まった時も、『これからもサッカーの仕事に関わっていけるのは良かった』と気持ちよく送り出してくれました」。家族そして理解ある人たちが背中を押してくれたことで勇気づけられ、指導者１年生としての日々にも懸命だ。
Ｃ級ライセンスは取得しているが、指導者としてはスタートを切ったばかり。「横河武蔵野時代にサッカースクールのお手伝いをしたことはありますが、まだまだ勉強段階」と足元を見据える。「まずはスクール生のみんなにサッカーを好きになってもらい、この街にプロのクラブがあることを誇りに思ってほしい。そしていつか松本でプレーしたいという夢を、指導を通じて与えられたら。自分自身も１年１年指導に携わって力をつけて、近い目標としてジュニアユースやユース世代の指導ができるレベルまで指導者として成長していたい。トップチームですか？　それはまだ想像できないですね（苦笑）」

最後に『この３年間、松本を外から見てきてどうですか？』という質問に、「サポーターも毎年増えていって、当時はコンパクトだった事務所もこんなに大きくなりました（笑）。ビッグクラブになれる潜在能力はあると思います」と答えてくれた小林さんは、「でもサポーターの皆さんの温かさや熱さ、情熱は変わっていないですね」とも――。
「３年間離れていましたが、サポーターの皆さんからは『お帰り』と声を掛けてもらうなど、温かい言葉をいただいています。忘れられていなくてよかったです（笑）。選手の時と同様に、松本に関わる全ての人たちとともにクラブの成長のために自分も情熱を注いでいきます。共に闘っていきましょう！」

以上

2014.03.05 Reported by 多岐太宿