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【J2日記】熊本:北嶋秀朗、次の矢印(13.10.18)

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記者会見に臨む表情は、自ら述べたように穏やかなものだった

昨日クラブから引退が発表された北嶋秀朗。会見を行う前の午前練習でも、いつも通りにプレー。紅白戦では、すばらしいポストプレーで堀米の得点をアシストした

雰囲気がいつもと違ったのは、急に冷え込んだことだけが理由ではなかった。練習前に組まれた円陣が少し小さくなり、選手たちの列から1人が中央に歩み出る。北嶋秀朗だった。隣接するラグビー場で作業中の芝刈り機が大きな音を響かせているせいで、何を話しているのかは聞き取れない。だが、選手たちから控えめな拍手が起きたのはわかった。
「なんでしょうね?」
隣で見ていた地元紙のU記者、携帯サイトのN記者と言葉を交わしたが、会話は先に進まない。というか、進めることができなかった。その時点で我々はたぶん、察した。

それから池谷友良監督が少し話をして、練習が始まる。ジョギングとストレッチ、テンポ良くボールが行き来する2人組でのボールタッチなどのウォーミングアップを経て、5対8、10対10、そして紅白戦。最後に取り組んだクロスからのシュート練習では、彼に対して向けられるほかの選手たちからの眼差しが温かく、そしてシュートが入っても外れても、茶化すようにかかる声は普段よりやさしくて、明るい。
練習後に(素通りしたそうに足早だったのだが)監督をつかまえ、何かあったのか聞いてみると、第一声は「ナイショ」との答え。しかしすぐに、「午後にリリースを出すから、それまではナシで」と前置きして話し始めた。察した通りだった。
「詳しい理由については明日の記者会見で本人の口から話すと思うけど、6月頃からその意向は聞いてた。自分に何かを課さないと、現状を打開するパワーを生み出せないって。それで、今シーズンで終わりって考えることで、もう1度自分を奮い立たせることができるんじゃないかと。確かに、少し自信を失っている部分もあったと思うし、試合に出ていない状況でチームのことに関して『自分が意見を言っていいのか』っていう思いもあったみたいで。そんなことは気にしないでどんどん言ってくれって伝えていたんだけど…、正式に聞いたのは今月の頭でした。これまでいろんな経験をして、信頼されて愛される選手になるために、いろんな努力をしてきたと思う。熊本に来てからも試合の前後のああいう雰囲気を作ってくれたし、彼が発信したから変わってきたこともある。もちろん本人次第だけど、大きな貢献をしてくれたわけだから、クラブとしては当然、コーチや地域活動の担当として残ってもらうようオファーするつもり。だから早く(残留を)決めて、いい形で、試合で起用できればベスト。俺がサテライトでコーチをしている時に柏に入って、また監督をしている時に終わるというのも、不思議な巡り合わせだと思う」。プロに入った時から17年も見てきた選手となれば、息子と同じような感覚であってもおかしくない。

全体メニューが終わり、選手が少しずつクラブハウスに引き上げる中、シュート練習を終えた北嶋は、高橋祐太郎、黒木晃平、五領淳樹、堀米勇輝、青木良太らと、5対2のボール回しを始めた。いつもなら早めにグラウンドを後にする藏川洋平も一緒なのが、やはり特別に思える。フェンス越しに見ていた男の子からぶっきらぼうに「北嶋!」と声をかけられ、若い選手が「北嶋さんだよ〜」と返すと、苦笑いしながら顔を向けつつ、意識はボールに集中したままだ。その後は、南雄太と一緒に芝の上で身体をほぐしながら話し込み、グラウンドを離れたのは13時ごろ。11時半に全体練習が終わって、やがて1試合分の時間が過ぎようとしていた。

柏時代からの盟友である南雄太にも少し話を聞いた。南はもちろん、彼の決断を知っていた。
「29歳ぐらいのときから何度も聞いてきたんですよ。でも以前までなら『今年でやめようかな?』っていう問いかけの形だったんだけど…、今回は違ったんでね…、そうなんだなと。今までは『まだまだやれるんじゃない?』って返してたんですけどね。あれだけのケガがあって、俺より何倍も苦しい局面を乗り越えてきたのを見てきたし、一旦はどん底まで落ちて、そこからJ1で優勝してクラブワールドカップにまで出て…、そういう強いメンタリティを持って、アイツが自分自身と戦ってきたことも知ってる。そのキタジが自分で考えて出した答えなら、それは尊重するしかないですよ。ほんと、『ここまでよく頑張ったよ』って言ってやりたい」

18日の練習にはいつも以上のサポーターが訪れ、14時から行われた記者会見には、多くの在京メディアも熊本入りした。つまり北嶋秀朗という選手は、そうやって人を引きつける魅力を持っていたということだ。記者会見でも、1つひとつの問いに対して真摯に、自分の言葉で丁寧に答えた。
「小さい頃から、自分との小さな約束を守ることで、ここまでサッカーを続けてきたと思ってる。『この試合で点を取る』と定めた試合で取れなかったらやめようと思ってきた。この自分との約束を破るわけにはいかない」
会見ではそう話し、引き際もまた、これまでサッカーに取り組んできた姿勢と同じように、彼は自らの美学を貫き通したわけだ。
「選手としてやらなければいけないことを教えてもらった」(吉井孝輔)、「サッカーに対してはストイックで真面目だし、ライバルじゃないけど年も近くて刺激になってたから、引退は寂しい」(藏川洋平)、「たくさんのアドバイスをもらったおかげでFWとしての考え方を整理できた」(齊藤和樹)、「あれだけサッカーが大好きな人が、やめる時期を迎えて後悔がないってことは、それだけやりきったんだなと思う。こういう人のことをプロサッカー選手っていうんだと思った」(堀米勇輝)、「いい時も悪い時も、全ての状況を経験してきている人。周りへの影響力は絶大だし、苦しいこともパワーに変えられる人」(筑城和人)と、柏で築いた数々の伝説には及ばないにしても、熊本での1年半の間で、他の選手たちに与えた影響やクラブに残したものは、数字以上に大きい。
プロ選手としては今季でそのキャリアに幕を下ろすが、彼が所属クラブで伝えてきたスピリットは、柏でも清水でも熊本でも生き続けるし、残る選手、これから新たにそこでプレーする選手たちには、そのことを忘れずにいてほしいと思う。今季はあと6試合、残された時間は少ないが、「6試合で、サッカー選手としてまだまだ成長できると思ってる」と前を向く。彼が最後までピッチを駆ける姿を1人でも多くの人に見てもらいたい。

以上

2013.10.18 Reported by 井芹貴志
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