６８分３８秒を指したまま止まった時計の針が動き出す。

５月６日に行われた栃木対福岡（＠栃木グ）の一戦は、雷雨の影響により中止、再開試合となった。事の経緯を簡単に記すと、こうなる。
試合開始予定の１３時から約３０分ずれ込みキックオフ。雷鳴が轟く不安定な天候の中で進んだ試合は、４８分に栃木がＦＫからチャ・ヨンファンのゴールで先制するも、直後の５１分、さらに６９分と２度中断され、選手と観衆の安全を考慮し試合中止がアナウンスされた。
試合翌日、Ｊリーグ規約６３条第２号注１に基づき、中止時点での試合再開、つまり６９分からの再開をＪリーグチェアマンが決定した。５月１５日に“２０歳”の誕生日を迎えたばかりのＪリーグでは、２００９年の鹿島対川崎Ｆ以来の２例目、Ｊ２では史上初となる再開試合が行われる運びとなった。

１点のアドバンテージを有するホームの栃木は、試合前々日のトレーニングを異例の非公開とした。イレギュラーな試合に挑むにあたり、ピリピリしたムードも予想されたが、ナーバスだったのはむしろ報道陣の方で、取材に応じた松田浩監督はじめ選手達は至って平静だった。
「福岡に対して色々なシチュエーションを試すことができたし、楽しくトレーニングができた」
そう話したのは先制弾のチャ。昂ぶることなく普段と変わらぬ穏やかな口調で応えた。“闘将”パウリーニョも、「自分達のできることをやるだけ。チームの雰囲気はいつもと変わらない」。メンタル面の準備は滞りなくできている。

ラスト２１分の展開は誰にも予想がつかない。福岡の戦略も不透明。だからこそ、「どんなことにも対応できるように準備した」と松田監督。２１分＋４分のアディショナルタイムを想定した２５分間の中で、様々なシミュレーショントレーニングを組んだそうだ。試合は福岡のゴールキックで再開されることから、まずはセンターバックの古賀正紘がゴール前に上がった場合のパワープレー対策を行い、その後も「コーチ陣が知恵を出し合って色々な状況を想定した」（松田監督）。成果と課題の両面が見えたそうだが、想定外の事態にもアラートに反応した選手に指揮官は一定の満足感を得たと言う。相手の出方はある程度、塗り潰せた。あとは自分達に集中するだけだ。前節、草津との北関東ダービーで決勝弾を決めた菊岡拓朗は言う。
「いい守備を徹底し、相手が前掛かりになった所を有効利用して点が取れればいい」
守り一辺倒になることなく、常に攻める姿勢を失わずに、勝負を決定付けるために追加点を狙う。

限られた時間の中で「何かを起こさなければいけない」福岡にとって、ファーストプレーのゴールキックはとりわけ重要になる。前出の鹿島対川崎Ｆ戦では２点ビハインドの鹿島がファーストプレーのＦＫからゴールを挙げ、勢いそのままに一方的な展開に持ち込んだ（試合は川崎Ｆが３‐２で勝利）。当然、福岡はその再現をしたたかに窺っているはずだ。ただ、栃木も福岡の思惑は読んでいる。それでも強攻策を採り、多少、陣形をアンバランスにしてでもファーストプレーからゴールを取りに行くのか。それとも攻め急ぐことで失点するリスクを負う確率を減らすために、じっくりと後方からビルドアップしながら得意のサイドアタックに活路を見出すのか。松田監督と師弟関係にある前田浩二監督は、守備に集中した時のブロックディフェンスの強度を熟知しているだけに、コーチングスタッフと共に色々と策を講じているに違いない。迷いなくフルパワーで勝負できる戦略を選手に授けられるのか。前田監督の采配に注目したい。

「何が起こるかわからない」
松田監督と選手は、そう口を揃えた。互いに見せ場を作れず１‐０のまま終わることも、福岡が執念で振り出しに戻すことも、振り出しに戻されたとしても土壇場で栃木が突き放すことも、福岡が逆転することも、栃木が点差を拡げることも考えられる。何が起こるか見当もつかないが、２１分間の濃密なドラマの結末を見逃せないことだけは、はっきりしている。

試合当日は指定席以外、原則無料。さらに、ＪＲ宇都宮駅東口発の無料シャトルバスは１４時３０分から約２０分間隔での運行を予定している。できるだけ多くの県民にグリスタへ集結してもらい、このドラマの結末を生で見届けてほしい。そして、凱歌「県民の歌」の、あの一体感を生で味わってほしい。

勝利に片手はかかっている。歓喜まで、あと少し。

以上

2012.05.16 Reported by 大塚秀毅