「アップの前までは死にそうになるくらい緊張していて、吐き気がしていました」
雁の巣球技場でロッカールームから出て来たところで声をかけると、畑本時央は笑顔を浮かべながら話した。第3節のアウェイ・湘南戦でJリーグデビュー。翌第4節、ホーム・千葉戦ではスターティングメンバーに名を連ね、高卒2年目とは思えない落ち着いた、質の高いプレーを披露。報道陣の多くがMVPに押す活躍も、やはり、そこは19歳。相当なプレッシャーがあったようだ。
だが、それに押しつぶされないのが彼の強さだ。
「アップで体を動かしているうちに平常心に戻りました。城後さんから、『今までやってきたことを出せば十分にやれる。去年の悔しい思いを晴らせ』と言われた時には気合いが入りました。普段通りのプレーをしようと試合に入りましたが、時間とともに意外とやれるなと感じたし、縦パスも思った以上にはいることが分かりました。自信がついたとは言えませんが、実力的に通じることは分かりました」
昨シーズンはリーグ戦1試合と天皇杯2回戦でベンチ入りしただけ。Jリーグデビューと、初のスターティングメンバーの座も、他の選手の出場停止やコンディション不良によって回ってきたチャンス。そこでレギュラーの座を奪い取るほどのプレーを見せた畑本にシンデレラストーリーを重ねる人もいるだろう。しかし、雁の巣球技場へ足を運ぶ報道陣やサポーターの間では、彼がトップチームでやれる実力を持っていることは以前から知られていたこと。そういう意味では、この日の活躍は当然と言えるものだったかも知れない。
それでも、この試合で上手くいかなければチャンスは再び遠のく。畑本にとっては大きな勝負となる試合で自分の力を余すことなく発揮したのは、去年の苦い思いがあったからだろう。昨シーズン終盤、彼は次のように話していたことがある。
「アビスパに加入した時、J2からJ1に上がったチームだから自分でもやれるだろうという気持ちがありました。『いつかは試合に出られるだろう』と。そんな自分の甘さに気が付いたのは終盤に入ってから。もう少し早く気が付いていれば、1分でも試合に出られたという気持ちがあります」
二度と同じ過ちはしない。そんな想いはトレーニング中の姿勢に現れ、前田監督も「彼の取り組み姿勢は素晴らしく、どんどん逞しくなっている」と高い評価を与えている。
そして、これまで通り、謙虚に自分を見つめることも忘れない。
「自分の先発は怪我人がいたから回ってきたもの。まだスタートラインに立っただけで、何かが変わったわけではなく、みんなが復帰してきてからが本当の勝負だと思います。試合に出られる時も、出られない時もあると思いますが、これからも、いつも通りやっていくことに変わりはありません」
初めての先発出場を果たした千葉戦が、畑本にとってどんな意味を持つことになるのかは、これからの彼次第だが、この日が畑本のプロサッカー人生を変えた日として刻まれることを切に願っている。
以上
2012.03.28 Reported by 中倉一志
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