今週末は四国ダービー。いよいよ特別な一戦がやってくる。きっとまた徳島・愛媛の両チームはたくさんの興奮と感動が詰まった熱戦をピッチで繰り広げてくれることだろう。
そして四国ダービーを迎えるにあたり、今回それにまつわる過去のある1シーン、1人の選手をどうしても取り上げたくなった。そのシーンとは2007年のダービー第2戦(2007/7/6)、雨中の死闘を徳島が制したゲームでの決勝点シーン(PK)で、そこに登場するのは羽地登志晃。
というのも、そのシーンはこれまで徳島に多くの貢献をし、また現在もチームを引っ張る存在として力を尽くしている羽地があまりに印象的な姿を見せたからである。
遡れば羽地は徳島にとってのJリーグ元年(2005年)にチームへと加わり、すぐさま攻撃の柱となって活躍を見せた。巧みなポストプレーで攻撃を牽引するとともに、自慢の高さを活かした打点の高いヘディングで得点源ともなり、まさに替えのきかない選手と言える働きを披露していたと言えるだろう。ただそうした際立つ働きとは対照的に、羽地自身は常に落ち着きとマイペースさを持っていた。そのため自らが得点を挙げても喜び方は何かいつも少し控え目で、そうした振るまいから感情を爆発させる姿を想像するのが難しかったほどだ。
しかし、その時の羽地は全く違った。まずペナルティスポットから蹴り出されたボールはほぼゴール中央を射抜いたのだが、それは明らかに魂の全てが込められたキック。見ていたこちらにも怖いくらいの執念が伝わってくるPKであったと言えよう。また決めた後の彼の表情が尋常でなかったことも忘れられない。間違いなくそれまでの羽地には見たことのない顔つきで、あれがまさにアドレナリン全開というのではないだろうか。
そこでそのシーンの話題を本人に向け改めて振り返ってもらうと、「あぁ、ハッキリ覚えていますよ」と言って以下のような話を聞かせてくれた。
「あの時はすでに甲府への移籍(※羽地は前記の四国ダービーから間もなくしてシーズン途中に甲府へ移籍)が決まっていたんです。で、最後の四国ダービーになるという想いから気合いは言い表せないくらいのものがありましたから、どうしても徳島に勝利をもたらしたかったし、そのためには何が何でもあのPKを決めないといけなかった。だから、らしくなく気迫が表に出たんでしょうね」─。
確かに当時は移籍のことが少なからず作用したのだろう。しかし、それによって膨らんだ想いを爆発させるスイッチとなったのはやはり四国ダービーという戦いの場であったと言って間違いない。
その上でこの原稿の結論として伝えたいのは、それほど選手たちの中でもこの一戦は特別ということだ。
以上
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2010.04.14 Reported by 松下英樹
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