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【FCWC特集】南米代表のリガ・デ・キトのホームタウン、エクアドルの首都キトの紹介!(08.12.04)

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激戦のコパリベルタドーレスを制したのは、ブラジルのクラブでもアルゼンチンのクラブでもなく、エクアドルのリガ・デ・キトだ。そして次はマンチェスター・ユナイテッドを倒して、世界一を虎視眈々と狙っている。日本ではなかなか馴染みのないエクアドルとリガ・デ・キトのホームタウン、首都キトを紹介する!

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リガ・デ・キトのクラブ紹介記事などはこちら>>

【エクアドルとキトの紹介】
エクアドル共和国は、コロンビアとペルーに挟まれている、南米赤道直下にある小さな国である。国名のエクアドルは、スペイン語で赤道を意味する。国土の面積は小さいが、南米の中で最も多様性に富んだ地理を持っている国として知られ、比類なき変化に満ちた地形、様々な気候に恵まれ、多種の植物、鳥・野生生物が生息している。国全体は、22の州(provincia、県と訳されることもある)に分かれている。ただ実際には、大まかに4つの気候区分などから特徴付けられる。アンデス山脈の高地「シエラ」、海岸地方の平地「コスタ」、アマゾンの熱帯雨林「オリエンテ」、そして、本土から西に1,000km程離れたところにガラパゴス諸島(スペイン語ではコロン諸島(Archipiélago de Colón))がある。

旅行者は国から一歩も出ることなく、ジャングル、熱帯雨林からアンデスの山岳地帯、太平洋岸までたどり着き、動植物の宝庫であるガラパゴス諸島まで、素晴らしい景色を楽しみながら2〜3日のうちに横断することも可能である。
首都はキト(海抜2850m)、リガ・デ・キト(リーガ・ウニベルシタリア・デ・キト)の本拠地でもある。シエラに位置し、その付近を赤道が通っていることから、その昔、「太陽の通り道=キト(ケチワ語)」と名付けられた。天気の良い日は、コトパクシ山(5897m)を始め、アンティサナ山(5753m)、カヤンベ山(5790m)、チンボラソ山(6310m)といった、登山家に人気の5000m以上の万年雪山を見渡すことができる。また、高地であることと、気候が大きく変化しない地理的特質から、年間を通して様々な分野のアスリートが高地トレーニングを行っていることでも有名である。

【歴史】
インカ帝国と聞くと、ペルーのマチュピチュが世界的に有名であるが、実は、その昔、キトはインカ帝国の第二首都であった。ペルーほどではないが、未だ、インカ帝国の遺跡がキト周辺に見受けられる。14世紀末、ペルーから派生したインカ帝国が急速に拡大し、やがてエクアドルは、その支配下に置かれた。11代インカ皇帝ワイナ・カパックは、キト出身の新たな妻を娶り、第一首都であるクスコ(ペルー)からキトまでインカ道を建設し、キトをインカ帝国の第二の首都とした。

ワイナ・カパックの死後、インカ帝国はワスカルとアタワルパという2人の息子により分けられた。ワスカルが南の都クスコを中心に帝国の大部分を、そして、アタワルパがキトを中心に北の都を治めるが、帝国内部ではクスコ派とキト派で大きく対立し内戦が起こった。内戦の結果、アタワルパが勝利を収めるが、その直後、スペインの侵略により捕虜となり処刑される。キトは、スペイン軍の侵略を防ぐために、アタワルパの武将であったルミニャウィによって破壊され、1533年、ついにインカ帝国は滅びたのである。その後、フランシスコ・ピサロ(スペイン)がエクアドルへの殖民を開始すると、キトは、「サン・フランシスコ・デ・キト」と名付けられ、エクアドル地域全体の政治、経済、文化の中心地として発展していった。牛やバナナをはじめ、様々なものがヨーロッパから持ち込まれた時代でもある。

ただ発展の一方で、インカの神殿跡には、南米で1、2を争う大修道院建造のために、インディオ(原住民)に建設等で過酷な重労働が課せられ、強制的な改宗などが行われた。エクアドルは、約300年にわたり、スペインの植民地として支配されたが、インディオたちにとって、スペインの支配は過酷であり、徐々に独立の気運は高まっていった。
そして、19世紀に入り、南米アンデス5ヵ国のスペイン植民地は、ベネズエラから現れた革命家、シモン・ボリーバルによって次々と解放されていった。ボリーバルはベネズエラ、コロンビア、エクアドルを統合した「グラン・コロンビア(大コロンビア)」の設立を目指すが、その構想はわずか8年で終わりを告げ、1830年、ようやくエクアドルは完全な独立を勝ち取るのである。

現在でも、石畳の階段やテラスのある急な坂道が随所に見られるキト旧市街には、狭い街路に沿って、スペイン風のバルコニーやパティオ(庭園)のある家が立ち並ぶ。また、16〜17世紀のスペイン植民地時代の大聖堂があるサン・フランシスコ教会、サント・ドミンゴ教会、ラ・コンパーニャ教会など、多数の聖堂や修道院が、その歴史を物語る。なお、1978年にユネスコは、キト旧市街地を世界文化遺産として認定した。

【気候・食・一般情報】
エクアドルには、四季がなく、年間を通じて乾季と雨季のどちらかに分かれる。キトをはじめ、シエラ一帯は、山の気候にとても似ており、昼と夜の温度格差が激しい。年間を通じて、昼間は20℃くらいで過ごしやすく、夜間や朝方は、10℃前後と、時としてコートが必要になるくらい肌寒い場合がある。主食は、芋や豆類がほとんどで、寒い夜はカネラッソ(サトウキビで作られるお酒で、シナモンティーで割って飲む)と呼ばれるお酒が人気である。

一方、コスタ、オリエンテ一帯の海抜の低い地域は、年中25℃前後の温暖な気候である。フルーツの都として知られ、バナナやレモンだけでも、それぞれ何十種類もの品種がある。主食のバナナは、ベルデ(青バナナ)と呼ばれる甘味のない芋のような風味である。また、何百種類もの蘭や、多種のハチドリが生息している地域でもある。海岸に目を移すと赤道から南緯1℃の海岸地域は、南極鯨(ザトウクジラ)の故郷と呼ばれ、毎年、6月〜9月にかけ、1500頭もの鯨が、出産と子育てを目的にエクアドルの海を訪れる。なお、エクアドルの主要輸出品目は、石油製品、バナナ、海老、コーヒー、ココアなどである。

リガ・デ・キトのクラブ紹介記事などはこちら>>

Reported by 中谷綾子・アレキサンダー

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