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コラム

J2番記者リレーコラム オフ・ザ・ピッチのネタ帳

2015/11/9 17:30

土壇場に追い詰められた東京V クラブのアイデンティティーの懸かった挑戦の結末は?(♯6)

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その少年、Kくんとはひょんなことから出会ったのだった。東京ヴェルディのホームゲーム開催日、僕は知り合いのサポーターと電車に乗って味の素スタジアムに向かっており、途中の乗り換え駅で言葉を交わした緑のシャツを着た少年と、なぜか連れ立って行くことになった。Kくんは10歳の小学4年生。東京Vジュニアの選手である。

90年代前期のヴェルディの栄華は時代を越えて語り継がれている。
90年代前期のヴェルディの栄華は時代を越えて語り継がれている。

飛田給駅からスタジアムまで延びる一本道を歩きながら、「ヴェルディって、昔は人気あったんですよね?」とKくんは遠慮がちに訊く。1990年代前期の緑の栄華は、絵本で読むおとぎ話と大差ないのだろう。僕の知り合いはかなりの古株で、壮絶なチケット争奪戦を経験している。Kくんはふむふむと話を聞き、ついでにサポーターの日常について「四国まで応援に行くんですか。すごい!」と感心しきりだった。応援+食い道楽(温泉)なのだが、幼い少年はそれを知る由もない。

東京Vジュニアの監督はOBの菅原 智氏が務める。Kくんは「なんかめっちゃ早く退場したらしいですね」と、2009年4月15日J2リーグ第8節 サガン鳥栖戦(開始9秒で一発レッド)の珍事件を知っていた。動画サイトで見たという。まったく油断のならない世の中だ。「とても優秀な中盤の選手だったんだよ」とフォローしておいた。

後日、僕は人懐っこいKくんとの出来事を冨樫 剛一監督に話した。「ハイハイ知ってるよ。面白い子だね」と冨樫監督は笑う。これに僕は小さくない衝撃を受けた。トップの監督がジュニアの一選手まで把握している。そんなクラブはそうそうありはしない。冨樫監督が育成上がりの指導者であることに加え、子どもから大人まで一ヵ所で練習する東京Vならではの強みだ。クラブの貴重なアイデンティティーの源である。

井林、中後、佐藤(左から順)など生え抜きでない選手たちの活躍も光る。
井林、中後、佐藤(左から順)など生え抜きでない選手たちの活躍も光る。

冨樫監督はJ1昇格を目指す戦いについてこう力を込めた。
「選手、スタッフはもちろん、スポンサーやサポーターの方々、皆さんの骨惜しみない協力のおかげで昇格争いに絡めています。J1を目標とするのは、自分たちのためだけではないんですよ。アカデミーの子どもたちに『俺たちはJ1クラブの選手なんだ』と胸を張ってほしい」

今季の東京Vが特長的なのは、自前で育て上げた選手たちが主力となっていることだ。随所で見せる阿吽の呼吸、連携力の高さがベースとなっている。
「アカデミー出身の選手たちと、井林 章、中後 雅喜、佐藤 優也など外から入った選手たちが組み合わさり、力をつけてきたチームです。今年の取り組みだけではなく、これまで何十年と力を注いできた選手育成のすべてをぶつけたい」(冨樫監督)

これまで連綿と受け継がれてきた選手育成を継承している冨樫監督
これまで連綿と受け継がれてきた選手育成を継承している冨樫監督

はたして、東京Vに連綿と受け継がれてきた育成理論が、日本のトップリーグに値するのかしないのか。クラブのアイデンティティーの懸かった挑戦であり、その責任が冨樫監督の双肩にかかっている。

東京VはJリーグ初代チャンピオンであることから名門とよく評されるが、その称号は日本サッカーの基層を成す「丸の内御三家」(古河=ジェフユナイテッド千葉、三菱=浦和レッズ、日立=柏レイソル)こそがふさわしい。クラブチームの先駆けとして歩んだ読売クラブをルーツに持つ東京Vは、常に挑戦者だ。

今夏、東京Vは破竹の5連勝で一気に3位まで進出した。ところが、J1昇格が現実味を帯び始めた途端、急激に失速する。11月8日、明治安田生命J2リーグ 第40節、昇格争いのライバルである千葉に0-1と敗戦。この結果、勝点57で千葉(6位)、V・ファーレン長崎(7位)、東京V(8位)が並び、背後には同54のコンサドーレ札幌が迫る。勢いの点で東京Vがもっとも分が悪く、得点力不足は深刻だ。

土壇場に追い詰められた今、チームはどう戦うのか。このまま尻すぼみでシーズンを終えるのか。それともエネルギーを振り絞って奮起するのか。その姿をアカデミーの子どもたちはつぶさに見ている。

(著者プロフィール)
文:海江田哲朗
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。2001年から東京ヴェルディの取材を中心に、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカーダイジェスト』『フットボール批評』など。著書に『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)がある。