止めて、蹴る。何を? ボールを。サッカーにおける基礎の「き」というヤツですね。もっとも、プロともなれば、そのワンランク上の技術を身につけている――というのが理想でしょうか。オランダの巨星ヨハン・クライフさんが、面白いことを言っています。いわくボールを扱う際に「3タッチは悪い選手、2タッチは普通の選手、1タッチは良い選手」だと。例の①止めて②蹴るは2タッチだから、普通の選手というわけですね。クライフ流に言うと……。
止め「ない」で、蹴る。
俗に言う『ワンタッチプレー』こそ、一流選手の証。ボールを止めずに蹴るには、ワンランク上の技術や判断が必要ですね。あらかじめ、周囲の状況を把握し、複数の選択肢をそろえておく。ワンタッチとなると、止めてから考える暇はありませんからね。ボールの送り先は「予約済み」という用意周到。急にボールが来てもオッケーという状態。その上で、転がるボールを狙った場所へ動かす技術があるかどうかが、問われるわけですね。
歴代のJリーガーの中で「ワンタッチパス」の名手と言えば、若き日の小野伸二選手(コンサドーレ札幌)でしょうか。プロ1年目の開幕戦、味方に送ったパスは28本。うち18本がワンタッチによるものでした。およそ3本に2本が、止め「ず」に蹴ったものです。しかも、その多くは明後日の方に顔を向けた状態でのパス。ワンタッチにノールックの迷彩まで施されたら、相手はお手上げでしょう。もしクライフが見ていたら、一流の前に「超」の文字をつけたかもしれないですね。
ワンタッチの職人は、パサー以上にストライカーにこそ必要――。かつてジーコさんから、そんなことを聞かされた記憶があります。なぜか。いわく「ピッチの中で最も時間とスペースがない。それがゴール前だ」と。考えている暇がない、ということですね。だから、止めずに打つ。ワンタッチのシュートが重要だと。半世紀以上も前に活躍したホセ・サンフィリッポというアルゼンチンの名ストライカーも、こんな言葉を残しています。
「ゴールの秘訣はワンタッチでシュートを打つことにある。ボールがどのコースに飛んでくるのか、相手のゴールキーパーは予測が難しいからだ」
そんなストライカーの極意に通じる名人が、Jリーグにもいますね。その代表格がサンフレッチェ広島の佐藤寿人選手でしょう。身長は170センチ。特別に速い、強いという選手でもありません。それでも10年以上にわたってゴールを量産してきました。2ケタ得点は実に12シーズン連続。こうした偉業を打ち立てた秘密の一つに、エリア内で「止めずに打つ」という職人芸があるのかもしれませんね。日本代表と縁が薄いのは、単に見る目がないからでしょう、歴代の○×△※が……。
近年、世界的なストライカーは「独りでできた!」というアシストいらずのソリストが少なくありません。何やら「格差上等、手柄は全部、俺のもの」というボス猿みたいな……。誰とは言いませんが、C・ロナウド(レアル・マドリード=スペイン)とか。個人的には「一人は全員のために」「全員は一人のために」というラグビー風の世界観に惹かれます。味方のアシストなくして成立しないワンタッチゴールの職人は、同じ世界観を共有する選手かもしれません。
君の助けなくして、僕のゴールは生まれない――。そんな思いを抱えながら、一瞬(ワンタッチ)に賭けるストライカーが、とても魅力的に思えるのです。その中でも際立った存在が、佐藤寿人選手というわけです(僕にとっては)。王手をかけるJ1最多得点記録の更新も、やはり「ワンタッチ」がお似合いでしょうか。全員は一人(寿人)のために――。重々承知とは思いますが、チームメイトのみなさん、ご協力(アシスト)お願いします。