今季、誰が愛媛FCのこの躍進を想像しただろうか。
多くのサッカーファンにとってJ2リーグにおける愛媛のイメージは“万年下位”であると言わざるを得ないだろう。実際、これまで愛媛がこのリーグで戦ってきた9シーズンで、一度もトップハーフでのシーズンフィニッシュはない。しかし、今季の愛媛はシーズン終盤戦に差し掛かった今、その“定位置”にはいない。明治安田生命J2リーグ 第32節が終了した時点で6位に位置。J1への昇格プレーオフ圏内をキープし、堂々とした昇格争いを繰り広げている。
クラブの年間予算規模はリーグ最低レベル。贅沢な補強が行えないのはこのチームの常だ。それは今年も例外ではないが、にもかかわらず今季、目の覚めるような快進撃で上位に躍進してきたのはなぜか? 要因はひとつではないが、その最も重要なポイントをひとつ挙げるとすれば、それはチームワークの良さだろう。
中心人物はやはり木山 隆之監督だ。この指揮官は策士であるだけでなく、人心掌握術にも長け、選手たちに戦うメンタリティを浸透させるモチベーターでもある。木山監督の口から出てくる言葉は常にポジティブ、かつストレートなものばかり。じれったい駆け引きなしでド直球の言葉を選手たちにビシビシと投げかける。
時に厳しい言葉が選手の胸に突き刺さることもあったはずだが、DF西岡 大輝は「何も言われないまま、次の試合から(メンバーから)外す監督だっている。そうやってハッキリ言ってくれたほうがありがたい」と、叱咤は怒りの言葉ではなく、あくまでも選手たちにとっての金言であると話す。加えて、良いプレーを見せた時は「(自分の才能を)勘違いしてしまいそうなくらいに褒め倒してくれる」(西岡)という“アメ”も懐に忍ばせ、選手たちをやる気にさせる。必然的に指揮官に対する信頼度は高まり、木山監督を頂点にしたチーム内のピラミッドは形成された。
選手同士の仲、関係性も良好だ。ピッチ外の選手たちにはいつも笑顔の輪が広がっている。ただ、良好なのはそれが仲良し集団だからではない。日頃のトレーニングにおいて選手間ではチームが強くなるための能動的なコミュニケーションが多く交わされており、明るい雰囲気の中でも常に程よい緊張感が張り詰めている。
その緊張感を作り出しているのは主力組ではなくサブ組。木山監督は試合で勝ったメンバーをそのまま次節で使う監督ではなく、試合でたとえ良いプレーをしていても、その週のトレーニングでパフォーマンスが低ければ起用せず、逆にサブ組で高いパフォーマンスを見せた選手にはチャンスは与える。ゆえにポジションを奪い取ろうというサブ組のモチベーションは必然的に高まる。
今季は怪我の影響もあってサブ組に回っているDF村上 佑介は「サブの選手がガツガツいかないと。いま試合に出ている選手たちにあぐらをかかせていてはチームとしても個人としてもダメ」と激化するポジション争いの中でギラつく気持ちを隠さない。そんな空気があるからこそ、主力組にはそれを奪われまいという強い危機感が生まれ、切磋琢磨してお互いを高め合える。
もちろんトレーニングではライバル同士であっても、試合となればサブ組は何よりチームの勝利を願う。エースFW河原 和寿は「試合前、スタメンは試合の準備でバタバタしているけど、ベンチメンバーは率先して冷たいタオルを配ってくれたり、水を持ってきてくれる」とその献身的なサポートに感謝するとともに、「すべてはチームを勝利させたいがための行動。それもチーム力だと思っている」と選手たちのひとつにまとまった団結心をアピールする。何気ない小さなアクションからも強固なチームワークは垣間見え、そのチームワークと結果を照らし合わせてみれば、今の愛媛はサッカーがチームスポーツであるゆえんを体現しているといっても過言ではない。
J2参戦10年目にして初めて訪れたJ1昇格へのチャンス。「ここまで来たら全力で(昇格に向けて)トライしていくしかない」(木山監督)と、指揮官の視線はまっすぐ前を見据える。もちろん、一丸となった選手たちも同じ景色を見ているはずだ。
文:松本 隆志
愛媛県松山市出身。愛媛県内の出版社での勤務を経て、07年にフリーランスに転身。09年よりサッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の愛媛FC担当になり、現在は「月刊J2マガジン」ほか、複数のサッカーメディアに寄稿する。