肉でも魚でもない――。これ、イビチャ・オシムさんが好んだ言い回しと記憶しています。あまり肯定的な意味では使われていませんでしたね。どうにも中途半端。まずもって肉なのか魚なのか、そこをはっきりさせろ、という言い分でしょうか。器用貧乏ではダメだと。職人気質や一所懸命という言葉になじみがなくても、割と分かりやすい話かもしれません。身近なところでは、選手とポジションの関係などが、その一つですね。
一つのポジション(一所)を懸命に守り、いっぱしの職人へ。もっとも、各所の専門家が集まったプロの世界では、この先が本当の問題かもしれません。椅子の数は11。他者との競合は必至の状況でしょう。レベルが上がれば上がるほど、この椅子取りゲームはシビアになりますね。さて、どう生き延びるか。道は2つでしょか。1つは「肉の中の肉」「魚の中の魚」へ突き進む道、もう一つは「肉なのに魚」「魚なのに肉」へ迂回する道。お好みでどうぞ、と言うしかありませんが。
例えば、浦和レッズの昇り竜、関根 貴大選手は後者の道を選択しました。いや、ミシャ・ペトロヴィッチ監督に「誘導」されたという方が適切でしょうか。ポジションは右アウトサイド。言わば「ウイングなのにサイドバック」「サイドバックなのにウイング」という役回り。試合中は「二所懸命」ですね。専門は攻撃(ウイング)ですから、守備の仕事(サイドバック)がネックになります。
今季の浦和の1試合平均のポゼッション率は60%前後ですから、守備の時間は全体の約4割です。こうした追い風の中で、少しずつ守備力を拡大させ、かつ自慢の攻撃力を存分に発揮しているところがミソですね。オープンで球をもらい、そこから縦に切り裂く力はJ1屈指のシロモノ。日本では数少ない本格派のウイングですから、希少価値も高いでしょう。試合を重ねるごとにゴールに絡む機会は増える一方で、成長曲線は完全に右肩上がり。松本山雅FCの反町 康治監督が思わず「うちに欲しい」と口をすべらせるのも納得でしょうか。
関根選手を含め、浦和は「肉なのに魚」「魚なのに肉」という選手たちの宝庫です。ボランチなのにセンターバック(阿部 勇樹)、センターバックなのにボランチ(那須 大亮)、センターバックなのにサイドバック(槙野 智章、森脇 良太)、ボランチなのにシャドー(柏木 陽介)といった個々の「多様性」が、チームの組織力を大きく底上げしてきました。サンフレッチェ広島も同じですが、この二重人格的な複雑さに、対戦相手は「あなた誰?」と戸惑うという寸法ですね。
サッカーのポジションは野球と違い、固定的ではありません。フォーメーションは多岐にわたり、例えば、トップ下のポジションが常に用意されているわけでもありません。本当の専門職と呼べるのはゴールキーパーくらいでしょうか。いや、最近では「キーパーなのにスイーパーみたい」な二面性がこれまで以上に求められつつあります。専門性に加え、独自性(オリジナリティ)や多様性(ダイバーシティ)が必要というわけですね。競争の激しい場所では、そうなるでしょう。
サッカー王国のブラジルはかつて「個性派」の宝庫でしたが、それというのも、専門家の枠を飛び抜け、独自性や多様性を身につけるうちに、それぞれが得体の知れない「種」へ進化したからでしょう。そうしなければ、生き残れなかったわけですね。そう考えると、浦和や広島は、長い目で椅子取りゲームの勝者をつくっているのかもしれません。若く才能豊かな浦和の関根選手がこの先、どんなタイプへ進化していていくのか、とても楽しみです。文字どおりの「翼くん」として。