4月29日、新装なった等々力陸上競技場に到着し、試合のメンバーリストに視線を落とすと、見慣れぬ名前が目に付いた。新外国人選手――ではない。クリストファー・ビースさん。この試合の主審を務める方だ。
Jリーグの審判は日本人でなければならぬ。そんな規定は存在しない。Jリーグでも開幕から多くの外国人審判が笛を吹いてきた。その中には、スコットランド人のレスリー・モットラムさんのように、多くのサポーターの記憶に残る存在感を持った方もいた。外国人審判を招くことに積極的だったのは、「諸外国の優れたレフェリーに学びたい」という姿勢の裏返しでもあった。
レフェリーがプロ化されて体制も整った現在、外国からのレフェリーを招いて常駐させるという形はなくなって久しい。その一方で、日本人審判に海外で笛を吹くという場を創出することを推し進めるようになっている。島国・日本で笛を吹いているだけでは国際経験は積みようがない。日本語でコミュニケーションが取れて文化的背景も共有できる人とだけ接していては、成長もない。そうした観点から各種のプログラムが考案されている。
だからビース主審はJリーグで笛を吹いたわけだ。川崎Fと柏のゲームで主審を務めたビース氏に加えて、横浜FMと広島の試合ではジャレッド・ジレッドさんが主審を務めている。この二人はオーストラリアの方なのだが、この二人を招く一方で、日本はオーストラリアに山本雄大、榎本一慶の両審判員を派遣し、3月6日から4月4日までのAリーグ(オーストラリアのプロリーグ)の公式戦に二人を「出場」させている。実際のところ、若い審判に「国際経験」を積ませたいという需要は何も日本に限った話ではない。いわばバーターの契約で、両国の審判部門がウィン・ウィンの関係を成立させたと言える。
審判員にはそれぞれ個性があるものだが、やはり国としての傾向もある。日本人審判の傾向になれきってしまうと、国際試合ではミスも起きやすい。AFCチャンピオンズリーグでも、しばしばJリーグの選手は判定基準の違いについての戸惑いを口にするものだ。それを敗因とは言いたくないが、“いろいろな審判”に触れておくこと自体は選手にとってもポジティブなもの。ACLで慣れているという柏のMF武富孝介は「判定基準には、すぐにアジャストできた」と言う。こうした適応力もまた、選手のスキルの一つ。その意味でも、Jリーグで外国人審判が笛を吹くことには審判界という狭い枠組みを越えた意義があるように思う。
一観客としてもオーストラリアの審判のジャッジ基準は興味深いものがあった。柏のDF鈴木大輔が「簡単にファウルにならないから、すごく試合が切れないで流れますよね。やっていて気持ち良かったです」と語ったように、激しさを肯定するジャッジ基準はエンターテインメントとしても白熱を生む。“フットボールコンタクト”を徹底して流す姿勢は、日本サッカーが近年求め始めた要素にも通じている。二人の主審は第9節でも笛を吹くので、そこに注目して試合を観てみるのも面白いかもしれない。