突然の大雨が襲ってきてもゴール裏の“柏熱地帯”は全く揺らがなかった。それどころかウォーミングアップ中の選手を鼓舞する歌声は、雨粒を弾き飛ばすように白熱していく。
『柏から世界へ 激情を見せつけろ 目の前の敵をぶっつぶせ 俺たち柏』
この日、柏レイソルのサポーターが最初に歌い始めたのが、この曲だった。そして選手入場時にも、試合後に場内を回る選手たちにも同じ歌が届けられた。すごく意味のある、そしてサポーターが心から大事にしている歌であることは十二分に伝わってきた。
4月22日に全北現代モータース(韓国)を破り、日本勢として一番乗りでAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループステージ突破を決めた柏。近年、Jリーグ勢がアジアで結果を出せないことが話題になり、今シーズンは村井満チェアマンがACL優勝を具体的な目標に掲げ、Jリーグや日本サッカー協会(JFA)ができる限りのバックアップを明言しながら、浦和レッズと鹿島アントラーズが開幕3連敗を喫していた。三冠王者のガンバ大阪も1分け2敗で折り返しを迎える厳しい状況だった。鹿島とG大阪はそこから巻き返してグループステージ突破の可能性をつないでいるが、浦和は未勝利のまま敗退が決定。昨シーズンのJ1上位陣がそろって苦しむ中、柏はチョンブリFC(タイ)とのプレーオフを勝ち上がり、本大会開幕後もアウェイで勝ち点を積み上げて無敗のまま1位でラウンド16進出を決めた。
昨今、アジアで勝てない理由を探ろうとする声は多いが、さほど簡単に答えが見つかるものではない。もちろん敗因は一つだけではないだろう。安易な結論付けも危険だと思う。クラブごとに事情が異なることから、共通項を見いだせるものでもない。ただし、柏が勝ち上がることに成功した背景と要因に関しては見えるものがある。
「もう一度、あの場所へ」
この想いが、すべてに通じている。
2011年、柏はJ1昇格1年目でリーグ王者に輝き、FIFAクラブワールドカップに出場。オークランド・シティ(ニュージーランド)とモンテレイ(メキシコ)を破って準決勝進出を果たした。ここでネイマール(現バルセロナ/スペイン)を擁するサントスに敗れ、3位決定戦はPK戦の末にアルサッド(カタール)に屈したものの、未知の選手たちとの対峙が選手たちを大きく成長させた。
初めて対戦する選手の特徴をピッチ内で見極め、どう対処していくのか。チームとしての狙いどころをどこに設定するのか。相手との間合い、スピード、パワー……。リスクヘッジを考えながら、チャレンジしながら、自分たちの良さを出していく。事前のスカウティングでは知り得ない大量の情報を瞬時に判断し、即座に対応することが求められた。結果、選手たちは試合を通じて――いや、一試合の中で時間が経過するたびに高い柔軟性と対応力を見せていった。この時の記憶と経験が、選手たちの脳裏に強く残っている。
2012年のACLはラウンド16で蔚山現代(韓国)に敗れ、悔しさを晴らすべく必勝を期して臨んだ2013年はベスト4で広州恒大(中国)に敗戦。のちに同シーズンのアジア王者に立つクラブの壁を越えることはできなかった。そして昨年は出場権を得られず。柏にとって今シーズンのACLは2011年に始まったストーリーに答えを出し、もう一度世界の舞台へ立つための重要な大会なのだ。
もちろん、この4シーズンで得たものは悔しさだけではない。選手たちはアジアで結果を出すための戦いを肌で感じて自分のものにし、クラブ側もJリーグやJFAのサポートを受けながら、チームが力を発揮するべく準備をしてきた。例えば2012年に叶わなかったリーグ戦の日程変更も、今シーズンはJリーグの協力を受けて勝ち上がった場合を想定したものになっている。柏の運営担当は「Jリーグ側が配慮してくれた中で調整しているだけですよ」と話すが、過去の経験からあらゆる状況を想定できているのは大きな強みだ。また、同じくACLに出場している鹿島が翌週火曜にシドニー遠征を控えていることを受け、ホームゲームの木曜開催に同意している。Jではライバルチームでも、同じくアジアを戦う仲間なのだ。
キャプテンの大谷秀和は言う。
「この4年間でACLに3回出ているのは間違いなく大きいですよ。他のクラブがどんな準備をしているかは分からないですけど、自分たちはチームスタッフやサポーターを含めて、もう一回クラブワールドカップに出たいって思いが強い。決してスケジュールがハードだとは思わないし、逆にJリーグで結果を出せていないのがもどかしいくらい。その先につながっているものの大きさは十分理解しています。東南アジアへ行けば気候の難しさがあるし、日本みたいにきれいなグラウンドばかりじゃない。試合が始まったら思いどおりにいかないこともある。例えば今年の全北現代とのアウェイゲームはひたすら耐える展開になったけど、5バックにして相手に勝ち点3を与えないような戦いを選択できた。自分たちのサッカーをするのが理想ですけど、環境や試合展開や合わせて柔軟に戦う必要があるのかなと思うんです。もうアジアに勝ち点を簡単に取らせてくれる相手はないですから」
されど言うは易し、やるは難し。そう考えたからといって、結果を残すことは簡単ではない。ACLにはアジアならではの激しいコンタクトやJリーグにはないスピード、外国籍選手の個人技がある。近年、日本勢は何度も勝負どころで結果を出せず、忸怩たる思いを味わってきたのも事実だ。そこも大谷は理解し、自分なりの取り組みを続けている。
「球際の強さやセカンドボールへのアプローチはどんなサッカーでも絶対必要なことだし、決してJリーグが緩いとは思わないですけど、より個々の戦いがフォーカスされるのがACL。そこは本当にチーム全員でやらなきゃいけない。セカンドボールを拾われたら一瞬でゴール前まで持ってく力があるし、どれだけボールに執着心を持てるか。ものすごいスピードを持った選手がいたとしても、初速を抑えて仕事させないようにするのも一つだし、必ずどこかで泥臭い部分は必要になる。それを自分たちは肌で経験しているし、劣勢を強いられていても、タケ(武富孝介)が前線からの守備を頑張ってくれるとか、工藤(壮人)が状況を見て戻ってきてくれるとか、途中から入ったテツ(太田徹郎)が疲れている選手の分まで走ってくれるとか、ちょっとした部分で味方を助けることを忘れないようにすることが大切。それで(吉田)達磨さんの求めているサッカーを発揮できれば、相手にとって嫌なチームになれると思うんです。そういった部分を絶えず意識させながらやれば、もっと良くなるはずだし、ACLでも勝ち上がれると思う。そこは言わないと忘れちゃう部分でもあるから、自分にも周りにも言い続けながらできればと思っています」
ラウンド16からはホーム&アウェイの戦いが始まる。大谷は「一発勝負じゃないので、第一戦が非常に大きなウェイトを占めると思います。アウェイゴール数も絡んできますし、その場その場にあった柔軟な戦い方が必要。主導権を握って戦う達磨さんのサッカーだけでなく、アウェイ全北現代戦のような展開も頭に入れながら、違う戦い方もできるようにチームの幅を広げていければ」と先を見据える。
キーワードは柔軟性とチーム一丸。チームはまだ目標に向かって第一関門を突破したばかりだ。同じく世界を経験した菅野孝憲は「まだ最低限のところをクリアしただけ。満足している選手はいないですし、これで満足したら終わりですから」と厳しい表情を崩さない。クラブに関わる人にとって、すべては約束の場所へ戻るための戦いなのだ。他クラブとの比較論ではなく、柏はチーム、スタッフ、サポーターが一体となって、本気でアジアを取りに行っているように感じる。その気持ちをサポーターの歌が言い表しているように思うのだ。
彼らがそれほどまでに出場に意欲を燃やすクラブワールドカップには、いったい何があるのだろうか。全北現代戦の勝利後、大谷にこっそり聞いてみた。
「あれだけ短い期間で自分たちの成長を感じられたことはなかったですからね。だからもう一度あの舞台に戻りたいし、サッカー選手として成長したいんですよ。あとは……世界中にテレビ中継があることかな(笑)」
しびれるような世界との戦いを体が覚えている。それはサポーターも同じだ。ラウンド16進出を決めた瞬間、総立ちになった日立台の雰囲気がそれを物語っている。念じても叶うものではない。だが、念じなければ叶わない。もう一度、必ずあの舞台へ――。「柏から世界へ」の合言葉を胸に、柏レイソルが一丸となってアジアの頂点を目指す。