ブレイクスルー。殻を破る。一皮むける。言葉は何でもいいのだけれど、そういう瞬間を目にすることがある。特に若い選手には、ある。
4月22日の水曜日、全国各地でヤマザキナビスコカップの予選リーグ第4節(全7節)が行われた。同大会は「若手の登竜門」と位置付けられるカップ戦だが、二つのゴールが印象に残った。正確に言えば、二人の選手が印象に残った。
一人はアルビレックス新潟所属、20歳のDF川口尚紀だ。前々回のコラムでは、彼の今季初先発試合について書かせてもらった。そのゲームでハイパフォーマンスを見せた川口は、どうやらそのままレギュラーポジションをもぎ取ったらしい。リーグ戦で継続して先発フル出場を重ねており、この日の甲府戦でも先発のピッチに立ち、82分にはチームを救う貴重な同点ゴールを叩き込んでみせた。
巡ってきたチャンスをつかむか、つかまないか。そんな瀬戸際の戦いを繰り返すのがサッカー選手という職業だ。「これで安泰」なんてこともあり得ないが、今回の川口のように「ここぞ」というときに能力を出せるかどうか。そのためのトレーニングを己に課すことができているかどうか。選手の未来は、そうして分かれていく。
もう一人も同じ1994年生まれの20歳。三重県三重郡菰野町生まれ。七人兄弟の三男で、名門・四日市中央工業高校では第90回高校サッカー選手権において得点王に輝いた経歴も持つその選手の名は、サンフレッチェ広島のFW浅野拓磨。U-22日本代表にも名を連ねる俊敏な点取り屋である。
ただ、点取り屋ではあるのだが、プロ入り後は点との縁が薄かった。カップ戦でゴールネットを揺らすことはあれども、リーグ戦では結果が出ない。今季は主軸選手が移籍したこともあって第1節、第2節と先発に抜擢されたが、いずれも不発。特に第2節の松本山雅戦は、多くのチャンスに恵まれながら数字を残すことができなかった。以降、先発の機会を失うことになった。
ちょうどその松本戦後、筆者は広島の練習場を訪れている。自然と「浅野はダメでしたね」なんて話にもなったのだが、皆が一様にその「ダメさ」を肯定しつつ、「でも」と続ける。それが印象的だった。「でも、あいつにやってもらわないと」。「でも、浅野に期待するしかないんだ」と。
明治安田生命J1リーグ1stステージ第6節・FC東京戦。東京都調布市の味の素スタジアムの記者席に着くと、隣は偶然にも広島の番記者の方々だった。残り18分で浅野がピッチに入ってくると、この二人が沸き立つ。「やっと来たか!」「頼むぞ!」なんて声が出る。「自然と応援したくなる」というのはプロとして一つの個性で、普段から接している番記者からこう言われるのだから、彼の人間性が分かるというものだ。
そして浅野は、この試合でついに期待に応えた。速攻からの中央突破。日本代表クラスの選手が居並ぶFC東京の守備陣を切り裂き、右足シュートで最後は日本代表GK権田修一の牙城を突き崩す。リーグ戦初ゴールは、速さと技術、そして度胸を感じさせるファインゴールとなった。
「(浅野は)これまで本当の努力を続けてきながら、なかなかJリーグの舞台で得点を奪うことができていませんでした。彼のこれまでのひたむきな努力、姿勢が報われて良かったなと思います」
広島・森保一監督は20歳の若者が一つの壁を破ったことに安堵したように語ったのも印象的だった。時に我慢もしながら起用してきた選手が結果を出してくれたのだから、それも当然か。
一方、「めっちゃ嬉しかった」と笑った本人は、22日のナビスコカップでもダメ押しの4点目を奪取。抜け目ないゴールは浅野らしさを感じさせるもの。もがきにもがき、努力を積み上げてきた20歳の若武者が、ブレイクスルーの予感を漂わせている。