ふと我に返って赤面――なんてことが、ちょくちょくありまして……。
つい口ずさんでしまうわけです、チャントを。応援歌のことですね。試合の取材を終えた帰り道に独りでぼんやり道なんか歩いていると、何やら知らないうちに……。我に返るや、誰かに聞かれていたんじゃないかと、辺りをキョロキョロと見回すという小市民ぶり。とうに不惑を過ぎたオッサンですが何か? チャントの感染力、恐るべし――というか、上がるんですよね、テンションが。
『ナーナナナナ、イシカワ、ナ~オ~、ナーナナナナ、ナオゴール!』
石川直宏選手(FC東京)の応援チャント、あれを聞いてテンションが上がらないFC東京サポーターはいないでしょうね。跳ね馬のようにピッチを駆ける石川選手のイメージとアップテンポなリズムとの見事なマッチング! あれを聞きたくてスタジアムに足を運ぶ人がいたとしても不思議じゃないですね。いや、ホントに。あの興奮、高揚感はスタンドにいないと味わえない代物ですから。
最近、つくづく思うのです。Jリーグの各クラブにチャントがある幸せを。昔の話ですが、初めて千葉のフクアリ(フクダ電子アリーナ)に試合の取材へ行ったときのことです。Jリーグ元年にサッカー専門誌の編集部に配属され、最初に担当したのが当時の市原でした。3年後に担当を外れたのち、市原は監督、選手、スタッフはもちろん、クラブの正式名から、クラブハウス、練習場、そしてスタジアムに至る、何もかもが変わって……感慨深い反面、寂しさも感じておりました。
フクアリの記者席に腰を下ろし、スタンドを見回して、時の移り変わりを痛感させられる中、にわかに聞こえてきたのです、あの懐かしいチャントが。オーオーオー、オーオーオーオー。活字にすると何がなんだか分かりませんが、ともかく一瞬にして記憶のスイッチが「オン」の状態になったのです。あの頃のジェフに、やっと出会えた……そんな風に思えたわけです。
それからしばらくの間、昔にタイムスリップしておりました。凄かったな~リトバルスキー、いつもよくしゃべってくれたな~ミッシェルさん、若かったな~岡ちゃん(岡田武史)、ディズニーランドのすぐそばだったな~クラブハウス、お世話になったな~スタッフのみなさん、うまかったな~記者室のおにぎり、都内に戻るのもひと苦労だったな~Vゴール時代の市原臨海競技場、その狭いトイレでバッタリ出くわしたな~初来日のピクシー(ストイコビッチ)と――ってな具合に。
次から次に記憶のページをめくっていたら、あっという間にキックオフの笛が鳴っておりました。ついつい心の中で市原を、いや千葉を応援している自分に気づいて「こりゃ、いかん」となった次第です。それにしても、あのチャントがなかったら、当時の市原はいまも記憶の片隅に眠ったままだったかもしれません。時が移り、あらゆるものが変わっていく中で、いまも変わらず、ヘビーローテーションされるチャント――。Jクラブの「代名詞」なんじゃないかと思ったりするわけです。世代も時空も超えて、老若男女を一瞬にして接続してしまうモノなんか、そうはありませんから。
しばらくスタジアムから足が遠のいてしまった人も、どこかで懐かしいチャントを耳にする機会があったら、いまの監督や選手たちのことを知らなくても「久しぶりに行ってみるか」ってなことになるかもしれません。スタジアム観戦の醍醐味って、目の前で展開されるプレーばかりじゃないですからね。どんなスター集団でも、お客さんが一人もいないスタジアムじゃあ、映えないでしょう。
そう言えば昨年、全米で話題となった『パーソナル・ソング』というドキュメンタリー映画が日本でも公開されていました。音楽の力で失われた記憶を呼び戻す――というコピーは、認知症やアルツハイマー患者に実施した音楽療法のことで、その様子を撮影した作品です。娘の名前も思い出せずに塞ぎ込んでいた94歳の男性患者が、かつて好きだった曲を「iPod」で聴いた途端に歌いだし、音楽の素晴らしさから家族に至る、さまざまなことを語り始める姿などが捉えられておりました。
1000ドルの薬より、1曲の音楽を! 驚きと感動がスクリーンを包み込んでいました。音楽の力って凄いですね。なぜスタジアムに行きたくなるのか。そこに仲間とボール、そして音楽があるからじゃないかと。記憶にタグ付けされる音楽(チャント)は今も昔もこれからも、Jリーグになくてはならないものでしょう。ついつい口ずさんでも恥ずかしいわけじゃない、と自分に言い聞かせてみたりするわけです。ナ~ナナナナ、イシカワ、ナ~オ~……いやぁ、チャントって、ホントにいいもんですね――。あなたにとって、思い入れのある1曲(チャント)は何ですか?