「完全“ど”アウェイ。すごい一体感だった」
サンフレッチェ広島の森保一監督は、そんな言葉を漏らした。3月14日に行われた明治安田生命J1リーグ第2節、昇格してきたばかりの松本山雅とのアウェイマッチに臨んだ広島の監督と選手たちは、松本平広域公園球技場(通称アルウィン)に作り出された独特の異空間に深い感銘を受けたようだった。
「劇場のような空間で、『おらが町のクラブを応援するぞ』という雰囲気が自然と伝わってきた。どんなチームでもしんどいと思いますよ、あの空気の中で試合をするのは。僕らも最後はいつ1点を取られても仕方ないという流れに持ち込まれましたから」(森保監督)
スコアとしては2-1の勝利であり、私が取材した3月第3週の週末に予定されていたのは浦和レッズとの首位決戦。だが、森保監督も選手たちも、「松本どうでした?」なんて話を振ると、それぞれの視点で「アルウィン体験」を熱く語ってくれた。
一方、DF千葉和彦も、他とはちょっと違う、彼らしい見方を語ってくれた。
「アルウィンは良かったですね~。雰囲気もそうだし、何よりあったかく迎えてくれている感じがしていたんですよ。すごく寒かったんだけれど、サポーターの方がカイロを配ったりしてくれていたそうなんです。『広島サポーター、ようこそ!』というのが本当に感じられて……。それは海外のサッカーにはない、日本の良さなんだと思うんですよ」
アルウィンに作り出されている異空間というのは、単純にスタジアムという箱の効用だけでは、もちろんない。「劇場」とはよく言ったもので、ソフトとハードの両面から織り成される空気感こそが、確かに「客を呼べる」ものなのだと思う。埼スタには埼スタの、日立台には日立台の、ユアスタにはユアスタの良さがそれぞれあると思うし、等々力のような空気の作り方だってある。そういう「積み上げた空気」が、アルウィンには確かにある。
そして3月22日、筆者は同じ長野県の、違う文化圏にある南長野運動公園総合球技場を訪れていた。現代的なスタジアムへと生まれ変わった南長野の「こけら落とし」の一戦である。ここにはAC長野パルセイロというクラブが積み上げてきたものがあって、旧スタジアムから引き継いだものも確かにあって、これからそこに新たな息吹が吹き込まれていくのだろう。
オレンジに染まった新造スタジアムを観て長野FW佐藤悠希は「J3じゃないみたいだ」と漏らした。「本当に最高だった。雰囲気は最高だし、応援の声も響くし、申し分ない」と絶賛したFW勝又慶典は、「あえて難を言えば、トイレがウォシュレットじゃないことくらい」と彼らしい表現で、新スタジアムの素晴らしさを形容してくれた。同時に、「これでやらなきゃおかしいでしょ!」とも。
2年目のJ3において、長野はスタートダッシュに失敗してしまった。この日の試合も、ライバル・SC相模原に1-2で敗れたというだけでなく、「収穫と言えるものはありません」と美濃部直彦監督が肩を落としたとおりの、内容に乏しいゲーム。怒気すら含んだ勝又の言葉は、ハコに見合うものを選手たちが提供できなかったという自覚があるからこそだろう。
ただ、長野のサポーターが掲げている「獅子よ 千尋の谷を駆け上がれ」の横断幕にもある通り、谷底からのスタートとなった程度で折れるのは、百獣の王をエンブレムに戴くクラブにあるまじきこと。新たに始まったこのシーズンの結末はもちろん分からないが、南長野の新スタジアムが選手とサポーターの涙と汗と熱を目一杯に吸い込んで、新しい空気を作っていくことだけは間違いない。