Jリーグの発足当初より「チーム名やクラブ名から企業名をはずすこと」にこだわってきたのは、企業色を薄めるためではない。豊かなスポーツ文化の振興を理念に、地域に根ざしたクラブづくりを目指したから。プロ野球の生い立ちとは、もともとの考え方が異なる。では、企業の存在とは何だろうか? 人に故郷(ふるさと)があるように、企業にもまた発祥の地がある。その後、どんなにグローバル企業に成長しても、世界に出て行った最初の場所(原点)は、彼らにとって本拠地である。その典型例は、イタリアにある。トリエステ(人口21万人)のイリー(コーヒー製造販売)、アニョーネ(6千人)のマリネッリ(鐘の製造)、トレヴィーゾ(8万人)のベネトン(衣料品)、セスト・フィオレンティーナ(4万人)のリチャード・ジノリ(陶磁器)など。
地元にこだわる世界企業は、どこも街の誇りである。 企業の郷土愛は、本社玄関前のポールに毎日靡く大きな旗に表われている。左から、町の旗、州、国そしてEUと並ぶ。ホームタウンの旗は、町の大小にかかわらず、ホテルのエントランスでも見ることができる。どれも、地域のクラブの意識ならぬ、地域の企業の意識ある風景だ。 経団連(日本経済団体連合会)の掲げる「企業行動憲章」10項目の中に、「良き『企業市民』として、積極的に社会貢献活動を行う」とある。左様に企業は、個人である市民と同列に、地域社会の一員たる市民でなければならない。Jリーグは設立当時、親会社に対して、これからは地域の企業市民としてクラブを支えてほしいと語りかけた。企業市民は、地元の雇用や経済を支える重要な役割を担う。
企業市民としての振る舞いは地域に根ざしたスポーツクラブの鏡である。 Jリーグの課題の一つに、スタジアム環境の改善がある。ほとんどが自治体に依存するため、なかなかクラブの思い通りにはいかない。昨年創業百周年を迎えた日立製作所から柏レイソルがスタジアムを譲り受け、Jリーグで初めてクラブ所有を実現した。案外、企業所有のスタジアムが、ホームのために設計思想を貫ける近道かもしれない。 ジュビロ磐田とヤマハ発動機の関係も同様である。10年前の第2回クラブ世界選手権が開催されていれば、サンチャゴ・ベルナベウ(スペイン)のスタジアムでレアル・マドリッドと戦うはずだったアジア代表のジュビロ磐田。地元にこだわる世界企業とともに、もう一度世界を目指し百年の伝統を築いてほしい。クラブを支える町の"遺伝子"が何であるか、子どもたちに伝える役割の一つを『企業市民』が担っている。