昨年、バイエルン・ミュンヘンの練習施設「ゼーベナー・シュトラーセ」を久々に訪ねた。そこは、居心地の良い、まるで選手たちの我が家だった。その翌月、J2ファジアーノ岡山(以下、ファジアーノという)の専用練習場整備を要望する28万人の署名が、「整備を推進する会」代表の岡山大学長から、ホームタウンの岡山市長に提出された。市の人口の約4割にあたる数は、函館、山形、徳島、下関なら市民全員に相当する多さである。 Jクラブの専用練習場の多くは、母体企業をもたない場合、本拠地の自治体によって整備されている。だから、署名は新政令市に意気上がる岡山市に提出された。地元山陽放送のニュースに流されたファジアーノの練習風景では、水を張った子ども用のビニールプールで、選手が行水さながら汗を流している現実が映し出されていた。
J2に昇格した年、岡山を訪れた鬼武健二前チェアマンは「専用練習場がないクラブは、絶対に強くなれない」と助言した。チームを強くするには、軸となる何人かの一流選手が必要。獲得交渉の際、クラブが提示する、あるいは選手が希望する様々な待遇の中で、プロ選手にとって最も優先すべきものは何か。金銭面以前に、整備されたスポーツ環境ではないだろうか。臨場感あふれるサッカースタジアムとともに、日々の練習環境、すなわち専用練習場の整備を求めることに選手たちはもっと声をあげてほしい。 近ごろ、スポーツ文化の先進地ブンデスリーガ(ドイツ)へ代表クラスの選手の移籍が盛んだ。川淵三郎キャプテンからこんな話を聞いた。「強い向上心、目的意識と情熱をもって、欧州の一流クラブに行き自らの限界に挑戦する。もう少し居て欲しいと言われる頃にJリーグに復帰し、世界を目指す子どもたちに夢を語り伝えてほしい。
世界の夢とつながる所に、Jリーガーは常に存在しなければならない」。欧州でプレー経験のある選手が日本にもどって自発的に伝えていくべき使命。それは、プレーの話のみならず、自らが体験した練習環境の素晴らしさを、Jリーグで当たり前にしていく行動ではないだろうか。 練習環境の格差をクラブの自力だけで改善するには限界もある。いつもの練習場にあるシャワールームで、かいた汗を流して選手もチームも強くなっていく。28万人の署名は、岡山の未来を託す子どもたちの「夢」と「希望」の大きさを物語っている。