NPO法人メディア・アクセス・サポートセンターの調査によると、耳や目が不自由な人に配慮した「バリアフリー映画」のうち、聴覚障害者向けにセリフや効果音を説明する字幕の付いた映画は、昨年280作が劇場公開またはDVD発売され、この10年間で飛躍的に増加した。一方、視覚障害者向けに音声ガイドの付いたDVDは、費用や手間の多さから、わずか15作で普及が遅れているという。 31年前、イングランド:トットナムのホームスタジアム:White Hart Laneで、チャーリー・ジョージのいるダービー・カウンティとの試合を観戦した夜を思い出した。
開始後しばらくすると右手に座る人が、試合の様子を彼の隣人に丁寧に説明しているではないか。目の不自由なファンが見せる、試合展開に反応した豊かな表情と、一緒に楽しむ介添人の生真面目さに心打たれた90分間だった。 20年後に再びイングランドを訪れた際、街の本屋で“Football Fan’s Guide”という小さな本を見つけた。93あるプロサッカークラブのホームスタジアムと周辺情報が満載された観戦ガイドだ。その中の「障害者の観戦」という欄に、“For the Blind”(目の不自由な方のために)の記述があった。そこには、用意された席数やサービス内容が記されている。ほとんどのクラブが視覚障害者の観戦受け容れ可能。専用のヘッドフォンを借りて試合を解説する音声を聞くというもの。
アーセナルには、最多の約70席が準備されていた。Radioの実況放送よりも細やかな気配りだ。 車いすの人、目や耳が不自由な人、だれもがスタジアムに足を運び試合を楽しめる環境は、Jリーグ“百年構想”の描くシーンのひとつ。単に設備投資をすれば実現できる事柄でないことは、かつて垣間見たロンドンの光景からも明らかだ。 自動ドア天国に慣れ切ってしまうと、開けたとびらに手を添えて、後ろから続く他人を気遣う余裕をなくしてしまいがちな世の中。だから、逆のことをされた時にも人の親切に気づかなくなる。試合に勝った時の喜びが大きいのは、負けたくやしさを知っているからこそである。 わが国の、18才以上の視覚障害者は31万人(2006)。これは、聴覚障害者の27万人を上回る数字だ。目の不自由なファンが、一人でも多く、観戦を楽しめるスタジアムへの配慮も大切になる。まずは、心の中に在る“バリア”を取り除くことから。「分かち合うこと」を身をもって知る、それがクラブの成熟につながる。