ウィーンの街角でモーツァルトよろしく衣装を身にまとった若者が、オペラやコンサートの当日券を安く売りさばく光景を目にしたことは、ちょっとした驚きであった。そこには、当日券よりも、まず前売券ありきの世界が確かに存在していた。 昨年末、金沢創造都市会議のメンバーとして、“芸術界の仕掛け人”小原啓渡さんに出会った。彼は、コンテンポラリーダンスの舞台監督として欧州などで活躍し、大阪府参与や大阪市立芸術創造館長も務める。3月から大阪・ミナミのくいだおれ人形の横に、ナニワ版「チケッツ」を開設する話を聞いた。演劇・コンサート・お笑い劇場などの当日券を一括して扱い、割安に対面販売する窓口で、今後はスポーツも考えていた。
ニューヨークやロンドンで、当日の売れ残った席を集約し割引して販売する当日券売り場「tkts」をモデルにしたそうだ。人がたくさん集まるところなら、地元の人たちが当日券の存在を認識しやすくなり、購入してもらえる。観光客が、地域の文化に触れる機会を気軽にもつことができる。欧米のコンサートでは、当日券の一部に学生枠が設けられ割安に提供される。音楽もスポーツも、明日の一流プレーヤーをめざす若者たちにとって、この「育成席」以上に、プロのお手本に直に触れる場はないだろう。 前売券の価値は、とりわけ「売り切れの可能性」と「予定の確かさ」に左右される。ミュージカルやコンサート会場の席数は、せいぜい2~3千席と小規模。評判が良く人気が高ければ、どうしてもそこに在りたいと願う人は、早めにチケットを購入し安心を買う。一方、前もって予定が立たない場合や複数の選択肢がある場合には、競争原理が働くため、航空券のようにリスクを補う意味で事前購入割引価格が設定される。 Jリーグの場合はどうだろう。
スタジアムの収容力は少なくとも1万人以上。万単位の席数ともなると、一部のゲームを除き完売の心配は少ない。前売券は安く割引かれ当日券は高くなるという価格体系に慣れてしまう。だが、もともと財やサービスの対価が適正かどうかは、購入者自身が決めるべきもの。同じものであっても、人それぞれにその価値が異なることが“商い”の基本である。 楽しみの選択肢が多様化する世の中で、“一刻も早くチケットを手にしたい”気持ちにさせるものは、評判やランキングではなく、自分自身で本当の価値を見出す力のはず。クラブや選手は、試合を通じてその価値を創らねばならない。はたしてわが国で、前売券が当日券よりも本来の価値をもつスポーツ文化を望むことは無理な話だろうか。