ドイツ地元紙の記事に、まちの名前を擬人化した「○○っ子」という表現をよく見かけた。アイデンティティと愛情を込めて地域の人々を総称する言葉として馴染み深い。中でも、スポーツ欄には頻繁に使われる。主語にチーム名を用いるのではなく、「フランクフルトっ子、宿敵ミュンヘンっ子をホームで撃破する!」などと、遊び心たっぷりで読んでいて楽しい。Jリーグでいうと、「鳥栖っ子、敵地で水戸っぽに競り勝つ!」というふうに。 こうしたドイツ市民の強い独立意識は、中世の都市国家形成の時代にさかのぼる。
当時の都市に共通する機能は、教会、市役所、広場(Markt)、まちを守る城壁である。まちを取り囲む高い壁を、ドイツ語では、ハンブルクやヴォルフスブルクの都市名に残る“Burg”という。“Burg”は、都市のかたちを表す境界であった。 「市民」という単語は“Bürger”、城壁の中に住む人たちを意味した。市民の投票によって選ばれる「市長」は“Bürgermeister”、市民みんなの“Meister”(長)であり、市役所の長のことではない。 わが国では、自分が国民や県民である意識よりも先に、まず一人ひとりがそこに住む市民であると自覚し行動する人が少なくなった。実際、自分が暮らすまちに対する愛情や誇りの源となる「文化」が存在しなければ、帰属意識も生まれて来ない。 パリに住みパリを愛しパリをよく知っている、とにかくパリが大好きな人なら、男性は“パリジャン”女性は“パリジェンヌ“と呼ぶ。
地元に暮らす人間に親しみを込めた表現は世界中にある。ファッション界では、ニューヨーカー、ロマーノ、ミラネーゼ。日本にも、江戸時代の藩や商業都市にこうした呼び名があった。土佐っぽ、薩摩おごじょ、江戸っ子、浪花っ子、博多っ子・・・。 今日、ローテンブルクなどごく一部の観光地を除き、ほとんどのまちでは利便性のために城壁が取り除かれ、その跡には“Ring”と呼ばれる環状道路や緑地帯がつくられている。城壁の代わりに、小さな町や村にも“心のBurg”として、今なお縄張り意識を感じさせるものが生き続けている。ホームタウンっ子に愛される地元のスポーツクラブだ。