ワールドカップ明け最初のクラブ訪問先として長崎と広島を選んだ。
まずは長崎に足を運んだ。ご存知のように長崎は、江戸時代における鎖国政策の中でも唯一「出島」を通じて世界に開かれた都市だった。そうした進取の精神に富んだ土地柄なのか、坂本龍馬らによって結成された日本最初の商社と言われる「亀山社中」や、ボウリング、バトミントン、鉄道や国産コーヒーなど長崎が日本発祥であるものはきわめて多い。
その長崎で、すばらしい方とお会いする機会に恵まれた。今から30年以上も前に単身日本を飛び出し、海外のプロリーグで活躍した初めての日本人はここ長崎出身者であることをご存じでしょうか。佐田繁理さんがその方で、今回昼食をご一緒させて頂く機会を得た。佐田さんは歌手・さだまさし氏の実弟で、1975年に香港のサッカークラブ「東方足球隊」に加入した。奥寺康彦氏が1FCケルンに加入するよりも前、いわば海外組の第1号なのだ。
佐田さんは熱くV・ファーレン長崎を応援してくれている。会食中、佐田さんは音楽やスポーツで溢れる理想のホームタウン像を語ってくれた。佐田さんのような熱心なサポーターに支えられ、V・ファーレン長崎は昨年Jリーグ加盟初年度にJ1昇格プレーオフに出場するなど、旋風を巻き起こしている。高木監督の情熱的な指導の下、これからも楽しみなクラブだ。
長崎から広島に入り、広島ではショッピングモールでトークショーに参加するという、これまた貴重な体験をした。
このたび広島県サッカー協会やサンフレッチェ広島後援会、サンフレッチェ広島中心となって集められた、「サッカースタジアム建設要望の署名」が何と40万人を超えた。
私はその記念として実施されたトークイベントに参加したのだ。
ショッピングモールでのイベントには少し照れたが、それよりも強く感じたことは、もの凄い熱気。広島市民の熱き思いが伝わってくる。40万人と言えば、広島市民117万人の3分の1にも及ぶ数だ。「こやのん」と呼ばれ市民に親しまれている小谷野社長は全力をあげてスタジアム建設に取り組んでいる。
私は今後Jリーグが発展していくうえで重要な要素は「スタジアム」だと考えている。Jリーグのように隔週単位で恒常的に数千人から数万人が訪れるイベントは地方都市にはそう多くあるものではない。もし、ホームスタジアムが町の中心にあり、ショッピングモールやホテル、映画館などと併設されていれば、どれだけ地域に賑わいを取り戻せるだろうか。さらにいえば、駅に近ければ高齢者にも子供連れにも便利で優しい。スタジアムが屋根で覆われていれば雨の心配もなくデートにも最適だし、サポーターの声も大きく届く。サッカーの場合、15分間のハーフタイムに多くの観戦者が同時にトイレに行き、飲み物や食べ物を調達することになる。だから、トイレの数やコンコースの広さは十分にサッカーの特性を考慮した設計が望まれる。何より、サッカースタジアムであればピッチとスタンドの距離が近くプレーの臨場感は最高のものとなる。地域密着を理念とするJリーグにとって、豊かなスポーツ文化を地域に根付かせる鍵となるスタジアムは重要なテーマなのだ。
市民が街なかの芝生の上でサッカーボールを蹴ったり、ホームスタジアムでスポーツ観戦をする風景はとても平和なことだと思う。夏を迎える長崎と広島を訪ねてその思いを改めて強くした。