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2015/12/11(金)13:03
【レポート:開幕戦】敵将を唸らせた広島の「完璧な試合運び」
かつてアントニオ猪木というプロレスラーは、こんな言葉を吐いている。
「相手の5の力を7に見せ、10の力で仕留める」
スポーツにエンタテイメント性を持たせるための極意としての、名言であろう。だが、真剣勝負の世界でこの言葉を実践しようとするためには、彼我の間に大きな実力差が存在しなければならない。相手の力を受けきって、その上で勝利する。それは、トップレベルになればなるほど、難しい。実際、現在の大相撲における絶対者=白鵬は、たとえ相手が新入幕の力士であっても全力を尽くして倒しにかかる。少しの隙が相手に金星を配給してしまうことを知っているからだ。
ましてオークランド・シティは昨年、世界3位になったチームである。しかも準決勝では、アルゼンチンの強豪=サン・ロレンソと後半アディショナルタイムまで1-1で競っていた。警戒して当然である。それはたとえ、現実の技術・戦術において広島の方が上だと確信していても、だ。
ラモン トリブリエチ監督が「広島は完璧な試合運びを見せた」と記者会見で唸ったが、その言葉どおりの展開だった。10分、ショートコーナーから放った野津田 岳人の強烈なシュート。GKジェイコブ スプーンリーがなんとか手に当てたものの、「こぼれ球しか、狙っていなかった」という皆川 佑介が押し込んで先制。その後は相手にボールをわざと渡し、オークランドのパス回しを外側だけで退け、カウンターで決定機を何度もつくった。そして70分、一気に攻撃参加を果たした塩谷 司がテクニカルなシュートを決めて、とどめを刺す。「もっと攻撃も守備もクオリティーを上げないといけない」(森保 一監督)のは当然だが、クラブ・ワールドカップの舞台で被決定機ゼロという守備の力は素晴らしかった。
「もっと、広島がボールを保持してくると思った。そうすれば、スペースはできたのだが」
相手指揮官は、そう言って嘆く。つまり彼らは、広島がかさにかかって攻めてくることを待っていた。前線の選手たちは、フリーランニングでスペースを作るというよりも、ボールを持ってドリブルやワンツーで打開を図ることに長けていた。もし広島が2点目を焦って取りに出てしまえば、そこでボールをひっかけてショートカウンターが狙える。そのために、前からのプレスを仕掛けた。「広島がボールを持った時を狙え」。それが彼らの共通認識だったのである。
だが、それを許さない広島の勇気かつ精度に満ちたビルドアップ。勝負の縦パスのズレはこの試合で出た大きな課題のひとつだし、前半で何本もあったカウンターのビッグチャンスは決めきらないといけない。だが、広島は最後までオークランドが狙っていた速攻を許しはしなかったし、ブロックに隙を作らなかった。国際大会でもっとも重要な「勝つために何をすべきか」という意志の統一ができていたからこそ、「我々はもっと学ばないといけない」と敵将が何度も繰り返すような試合ができたのだ。しかもこの日の先発には、佐藤 寿人、森﨑 和幸・ミキッチら優勝に貢献した主力を欠いていたにも関わらず、である。チャンピオンシップの激戦から中4日、移動とイベントのためにまともな練習はほとんどできていないにも関わらず、だ。
ただ、懸念材料もまた、多く存在する。準々決勝まで中2日。横浜から大阪への移動もあり、チームとしていつものような練習はほとんどできない。どうしてもコンディショニングが主となってしまうからだ。さらに、この試合で3人もの重傷者が出てしまった現実。気迫に満ちたプレーを見せた野津田 岳人と巧みなリズムチェンジを演出した柴﨑 晃誠は膝を傷め、強烈なキレでサイドを突いた清水 航平は足首。「3人とも次の試合は無理」と指揮官も顔をしかめる。
特に柴﨑は膝を固定した痛々しい姿でスタジアムを後にした。交代時には悔しさで涙をこぼした野津田も足を引きずりながらミックスゾーンを通り過ぎ、2人とも長期離脱の怖れもある。シャドーは既に森﨑 浩司が負傷で登録メンバーからも外れており、人材が枯渇してしまった。浅野 拓磨をシャドーで起用するのか、ボランチの茶島 雄介をシャドーで使うのか。それにしても準備時間が足りない。この厳しい条件をどう整えるか。指揮官の腕の見せ所である。
[文:中野 和也]