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サステナビリティカンファレンス開催レポート【フルバージョン】
~イングランドプレミアリーグ トッテナム ホットスパーから最先端のサステナビリティ経営について学ぶ~

「明治安田Jリーグワールドチャレンジ2024 powered by docomo」でヴィッセル神戸と対戦するために来日したトッテナム ホットスパーは、いわずとしれたイングランドプレミアリーグの強豪クラブである。
 しかしこのクラブにはもうひとつの重要な側面がある。様々なスポーツリーグの環境面でのサステナビリティを評価する「Sport Positive Leagues」のランキングで、4年連続でプレミアリーグ1位を獲得するなど、サステナビリティ面で最も優れたクラブとしてイングランド国内で認識されているのだ。
 そんなトッテナムの関係者を招き、Jクラブや他スポーツ競技団体、企業とともにスポーツを通じてサステナビリティに取り組む意義を議論する「サステナビリティカンファレンス」が、2024年7月25日に都内で開催された。
 カンファレンスは午前と午後に別れて実施。午前は企業向け、午後はスポーツ団体向けに行われ、各回にはそれぞれおよそ100人程度が参加。Jクラブのみならず、各スポーツ団体からも多くの参加者が来場した。 トッテナム ホットスパーの歴史は古く、創設は1882年のこと。本拠地はロンドンにあるが世界中に多くのファンを持つプレミアリーグ屈指の人気クラブだ。

 スパーズの愛称を持つトッテナムは、どのように進化を遂げてきたのか。2022年にコマーシャルディレクターとしてトッテナムに入社し、現在は最高収益責任者(CRO)を務めるライアン ノリス氏がクラブの魅力と戦略を説明してくれた。 ノリス氏によるとトッテナムには世界中に1600万人のファンがいるという。その基盤はやはり競技面にある。

「私たちは恐れ知らずのサッカーを求めています。美しいフットボールというのは伝統ではなく、必須事項だと思うんですね。今はアンジェ(ポステコグルー)さんがそのサッカーを築いてくれていますし、私たちのチームにはたくさんの優秀な選手がいます。やはり共通するのは、攻撃は最大の防御であり、スタイルなきサッカーは魂なきサッカーなんです。私たちは私たちのやり方で、プレーしているわけです。」

 競技面のみならず、トッテナムの魅力は違う側面にもある。そのひとつがサステナビリティを意識した取り組みだ。

「私たちは今、ロンドンで最も価値の高いクラブになり、ヨーロッパ全体でも8位に位置しています。こういった成功は、移籍期間の補強によってなし得ているものではなく、常にクラブ、地域社会、地球にとって正しいことをしていきたいと考えています。それがサステナビリティであり、ピッチの中と外でサステナブルなビジネスに力を入れています。」

 トッテナムは様々なスポーツリーグの環境面でのサステナビリティを評価する「Sport Positive Leagues」のランキングで、4年連続でプレミアリーグ1位を獲得するなど、サステナビリティ面で最も優れたクラブとしてイングランド国内で認識されている。

 練習場やスタジアムでは、CO2排出量の削減やリニューアルエネルギーの活用に力を入れ、プラスチック製のストローやマドラーを禁止し、試合中の選手の飲水に関しても、ペットボトルは使われていない。

 また2019年に新たに作られたホームスタジアムも、トッテナムの成長戦略にとって大きな核となっている。サッカー以外の様々なイベントが、ここでは行われているのだという。
「これは世界でも最もユニークなスタジアムのひとつです。NFLの試合も行われていますし、ボクシングの試合もありました。オールブラックスもここでプレーしましたね。またスタジアムの地下にはF1ドライブというインドアのレース場もあります。サッカー以外の様々なイベントを行うことで、コミュニティへのインパクトを与えることができますし、ビジネスサイドからも、スポーツの側からも参加できるようになっています。」

 トッテナムの取り組みは、一スポーツクラブの領域に留まらない。子どもたちに良質な学びの場を与え、500人の雇用を生み出し、1600戸の新しい住宅を作り、そして180のホテルの部屋を作り出している。

「私たちは型にはまらない意見を主張する独立心が強いチームです。それは私たちの歴史が培ってきたものであり、クラブのDNAの中に埋め込まれているといっても過言ではありません。」

 そしてノリス氏は、こう続ける。
「大事なのは夢を見続けるということです。世界中からできるわけはないと言われても、できると信じ続ける。そしてもうひとつは大胆であること。世界に新しい道を作り、実行していく。 それをトッテナム独自の形でやっていくことが重要なのです。」
 挑戦なくして、成功はなし――。これがトッテナムの根源をなす、不変のフィロソフィーである。

 トッテナムのサステナビリティの取り組みは、4年連続でプレミアリーグで1位の評価を受けている。最も環境に優しいクラブとして認知されるトッテナムは、具体的にどのようなアクションを起こしているのか。クラブのエグゼクティブマネージャーで、「ロンドン・アカデミー・オブ・エクセレンス」の理事も務めるドナ マリア カレン氏が、その内容を説明してくれた。

 カレン氏は「地球に対してどのような行動をとっていくのかを考えることが重要だ」と語る。
「地球に対する最も大きな脅威というのは、ほかの誰かが地球を救ってくれるとみんなが思ってしまうことです。つまり、私たち一人ひとりが地球保護のための行動をしていくことが非常に重要なんです。フットボールクラブとして、私たちはここに大きな責任感を感じています。私たちの持っているリーチやプラットフォームを通じて、ポジティブなインパクトを生み出していきたい。コミュニティに対して、地球に対して、 そして宇宙に対してです。」

 トッテナムの活動には3つの柱がある。人々を保護し、地球を保護し、自然を保護するというモットーだ。

 トッテナムの本拠地はロンドンの市街地にあり、近隣に住む76%の人々がトッテナムから何らかのメリットを享受しているという。そして推定5億8500万ポンドのGVAを生み出しているそうだ。健康、教育、雇用を創出することで、人々の生活を豊かにする役割を担っているのだ。

 例えば教育に関しては、トッテナムは学校を運営している。
「貧困地域に住んでいる優秀な生徒を集めて、チューターをつけています。そして、ケンブリッジのような大学に入学する子どもたちも出てきています。」

 また雇用に関しては、スタジアムで定期的にジョブフェアを開催し、雇用のマッチングを実施。他にもがん患者が再びスポーツをプレーできるようなサポートなども行っているという。

 地球に対する取り組みでは、スタジアムやトレーニングセンターにトッテナムの想いが詰まっている。スタジアムは持続可能性を配慮して設計されており、エネルギー効率の高いシステム、低炭素技術、節水対策を取り入れている。

 また試合会場では使い捨てプラスチック製のストローやマドラー、カトラリーを禁止しているほか、堆肥化可能なパッケージでの食事の提供やリユースカップでの飲料の提供も実施。試合中の選手の飲水に関しても、ペットボトルではなく、リフィル可能なボトルで行われている。

「私たちはこのサステナブルウォーターをピッチサイドで使っている唯一のサッカークラブです。そしてこの光景を世界中の人たちが目にするわけです。より良い製品を見つけて、それを見せることによって人の行動を変えることができるのです。」

 こうしたトッテナムの取り組みには、ハイネケンのような大企業等も賛同し、環境問題に対して様々なコラボレーションを行なっているという。

「私たちのスタジアムに来ていただければ、どれだけのこだわりがあるかということが分かってもらえると思います。」

 また、ネットゼロへの取り組みもトッテナムは積極的だ。国連のスポーツを通じた気候行動枠組みにも署名し、持続可能なイベント管理のためのISO20121認証も取得している。再生可能エネルギーを活用し、史上初のネットゼロサッカーも開催された。

 トレーニングセンターにも太陽光パネルが設置され、水のリサイクルが可能な原水池も設けている。

 自然保護の活動にも力を注いでおり、トレーニングセンターには野生植物の回廊や、バードボックス、イモリのための生息地も造成されているという。

「今後は森林雨林の保護や、絶滅危惧種、海洋保護、そういったところも目に目を向けて、やっていこうと思ってます。」と、カレン氏は今後の展望も語ってくれた。

 カレン氏によれば、こうした活動は「やるべきこと」ではなく、「やりたいこと」だという。
「私たちがパッションを持っているわけなんですけど、今では逆にパートナーの人たちから声をかけてくださるようになっています。商業的に正しいこと、この地球にとって正しいこと、このウィンウィンの関係を見つけて、そしてパーパス(目標)を持つことが大切ですね。ただパーパスを掲げるだけではなく、実現もしないといけません。私たちのメインのフォーカスはフットボールですが、そこから生まれた資金をいろんなところに配分し、ピッチの中、ピッチの外で様々なサステナブルな活動を行っています。」

 地球を守るために、何ができるのか。その意識はクラブスタッフだけではなく、トップチームの選手、アカデミーの選手も含め、トッテナムに関わるすべての人たちに備わっている。
 プレゼンの後にカレン氏は、辻井隆行氏とのトークセッションでも興味深い話を続けた。トッテナムがサステナブルな活動を続けるここ数年の中で、社会やパートナー企業の理解に変化が生まれているというのだ。

「決して私たちの力だけではないと思うんですけど、ひとつのカタリスト(触媒)にはなれたのかなと思っています。今一緒に取り組んでいただいているパートナー企業は、スポンサーとしてだけではなく、サステナビリティのところの取り組みも一緒にやりたいとわざわざ言ってくださるようになったんですね。やはり今はどの企業もそのテーマを無視してはいけないと思うんです。企業はもっと頑張らないといけませんし、私たちにも正しいことをやらないといけないという責任があります。私たちは注目される立場である以上、ある程度の影響力というものがあります。 だから何もやらないという批判は絶対にされたくないので、これからも常に前進していきたいと考えています。」

 トッテナムを中心に、彼らの周辺ではサステナブルの活動の輪は確実に大きくなっていることが窺えた。そして日本でも同様のことが可能だと言うカレン氏は、今回参加した企業の方々に向け、アドバイスを送ってくれた。
「まず最初に申し上げたいのは、これはトップから行動を起こしていかなくちゃいけないんですよ。経営陣の人たちが、こちらの方向に向かっていかなくちゃいけない、やりたいんだという意思を上から下に落としていく必要があります。また、若いスタッフの方々にエンパワーメントしていくということですね。というのは、やっぱり現場の若い人たちが実際に行動を行っていきますし、エネルギーを持っていますから、グリーンなものに先進していく担当者を彼らの中から任命するということです。 そして、ターゲットを作ることも重要です。私たちは2030年までに二酸化炭素排出量を2分の1にするという非常に大変大胆なステートメントを出しています。そこまで行くのはなかなか簡単なことではないですが、少なくともそちらの方向には進んでいます。したがってまずはターゲットを定め、そこに向かっていくことが大事になってくるのです。」  今回のサステナビリティカンファレンスでは、興味深いトークセッションが行われた。トッテナムの会長を務めるダニエル レヴィ氏と、チームを率いるアンジェ ポステコグルー監督が登壇し、インタビュアーのJリーグ 夫馬賢治特任理事とともに「スポーツにおけるサステナビリティの意義」について語り合った。 ――ダニエルさんはどういった意識を持って、フットボールクラブをマネージメントされているのですか。

ダニエル レヴィ(以下DL) まずは今回、東京に来ることができてとてもうれしく思っています。私たちのクラブのモットーは、これまでとは違うことをやる、すべてのことにチャレンジするということです。トッテナムはこれまでにも、多くのものをプレミアリーグで初めて取り入れてきました。環境問題に対しても、同様です。私たちにはそういったことを始める責任があり、 トッテナムのグローバルリーチを活用していろんな人に影響を与えたいと考えています。

――なぜトッテナムを最もグリーンなクラブにしようと考えたのでしょう。

DL 私たちは常にナンバーワンになりたいと考えています。 またしっかりと影響力を持っていく責任を私たちが担っていると考えているんです。最もグリーンなクラブであることを私たちは誇りに思っていますし、実はコマーシャルサイドでもいろんなメリットがあるんですね。最もグリーンであるということは、様々な分野で違いをもたらすことができるんです。

――アンジェさん、こんにちは。久しぶりに日本に戻られましたけど、いかがですか?

アンジェ ポステコグルー(以下、AP) 暑いですね(笑)。でも、やっぱり日本に戻れてとても嬉しいです。もう少し早く戻れるかなと思っていたんですが、気づけば4年も経ってしまいましたね。

――アンジェさんは現在、トッテナムの素晴らしい施設の中で働いていらっしゃいますよね。

AP もう、素晴らしいですね。選手やスタッフに素晴らしい環境を与えてくださるレヴィ会長のおかげだと思っています。私はここで監督をやらせてもらっていて、非常にクラブ自体が社会的な意識を持っていると感じています。トレーニング施設を見ても、いろんな野菜やハーブを育てる農園があったりして、とっても素晴らしいですね。毎日トッテナムの施設に行くのを楽しみにしていますし、これだけ素敵な施設があるのは本当に光栄なことだと思います。

――ダニエルさん、新しいカルチャーを作っていくことは、ビジネス的にどのような影響があるんでしょうか。

DL 最もグリーンなクラブになると、 多くのスポンサーの注目を得ることができます。そして、一緒に協力していきたいという風に思っていただけるんですね。なぜなら、私たちと組みますと、企業はよりグローバルなリーチを得ることができるからです。今回、こういうカンファレンスに参加できたのも、まさにそれが理由ですよね。これからも、今まで接点のなかった企業とも一緒にいろんなことをしてきたいと考えています。

――サステナビリティとビジネスパフォーマンスというのはトレードオフの関係になるという風に考えている方もいらっしゃると思いますが、そうではなく、相乗効果を生むものだと見ていらっしゃるんですよね。

DL そうです。元々はビジネスの意思決定ではなくて、クラブとして正しいことをしたいという想いがあったんですね。それがスピンオフの影響を生み出すことにつながったわけです。

――では、サステナビリティの活動から具体的にどういったメリットを享受していますか。

DL 例えば、私たちのような組織やそれ以外のグローバル組織がしっかりと地球の保護をしていかないと、 やはり問題が起きますよね。だから、正しいことをやっていかなくてはいけない。そしてビジネスの観点でいえば、やはり企業がトッテナムと関わっていきたいというようになるんですね。そして私たちと組むことで、自分たちのストーリーテリングをしたいという風に考えていくようになるわけです。

――政府や自治体との関係はどうなっているんでしょうか。

DL イギリスでのプランニングの状況というのは、以前に比べてより厳しくなっています。例えばスタジアムや施設建設に関しては、 今は法令がいろいろとあって、非常に厳格になっているんですね。ですので、新しいトレーニングセンターを2014年にオープンしたんですが、そこでは再生可能エネルギーをたくさん使っています。

――では、アンンジェさんに次の質問をさせてください。アンジェ監督は、選手としても、監督としても、非常に大きな功績を収めていらっしゃいますが、サッカーの意義というものをどこに見出していますか。

AP サッカーは私の人生の中心に常にあるものです。私にとってサッカーは、単に仕事というだけではなく、 社会において非常に重要な役割を担うものだと認識しています。コミュニティにとってもそうです。クラブを通じて人々が一丸となれますし、人生の大きな一部にもなれる。サッカーを通して、私は日本も含めて世界中を旅することができました。サッカーをしていなければ、こんな幸せな人生は送れなかったと思います。だからこそ私はサッカーが大好きなんですね。 サッカーという競技は人々を1つにする。世界を見ても、こんなことができるものってなかなかないと思うんですね。だからこそ、世界中でこれだけ人気があるんだと思います。

――アンジェ監督は世界中のクラブを経験されていますけど、 選手にとってどういうクラブが良いクラブになるんでしょうか。

AP 重要なのは、そのクラブがどこにあるかではなく、 人が中心にあるということを見失わないことだと思います。選手、スタッフも含めクラブには多くの人々がかかわっていますが、 成功を求めるカルチャーがあるところというのが重要だと思います。例えば、クラブに新しい選手を呼び込むとき、そのクラブのビジョンに合った選手であることが重要です。 選手だけでなく、どのセクションにつく人に関しても同じです。世界中にはいろいろなバリューがあります。様々なバックグラウンドの人たちが同じクラブでいることによって、それぞれが人として進化できるし、成長できると思います。どういうスキルを持っている方であろうが、 やっぱりその人の人となりというものが、一番重要になってくるのではないでしょうか。

――横浜F・マリノスの時代のことも聞かせてください。当時、どういう想いを持って、日本に来られたのでしょうか。

AP 日本には4年間いたんですけど、日本の方々はすごく温かく迎えてくれましたし、仕事も楽しくできました。この4年間は私にとってかけがえのないものとなりました。横浜FMでは優勝に貢献できたことも嬉しく思っています。その成功だけではなく、クラブに対しても、全体的に対してもいい影響を与えられたってことが良かったですね。もちろん、苦しんだところもあります。というのは、やっぱり言語が違うので、直接話せないところは難しかったですね。言語が人をつなぐところもあると思いますから。それでも、家族もすごく日本での日々を楽しんでいましたし、たくさんの良い出会いもありました。本当に私の人生にとっていい経験になりました。

――日本を去った後、現在はプレミアリーグで指揮を執っています。この2つのリーグを比較した時に、Jリーグの持つ良さはどこにあると思いますか。

AP プレミアリーグは世界のサッカーの最高峰ですよね。多くのビッグクラブがプレミアリーグにはありますから。一方でJリーグはすごく競争力を持ったリーグだと思っています。ヨーロッパには、ここまで力が拮抗したリーグはほとんどありませんから。ナショナルチームもどんどん力をつけていますよね。ワールドカップでも、ドイツやスペインに勝利を収めました。Jリーグはこれからさらに力を付けていくと思います。計画を忠実に実行していくことを大事にしていますし、ヨーロッパ以外ではトップ5に入れるくらいの力を持ったリーグだと思います。

――では、アンジェさんに最後の質問です。選手のみなさんもクラブでサステナビリティを学んでいると聞いたんですけど、それは選手にどういった影響を与えると思いますか。

AP 選手だけではなく、スタッフも含め、 自分の責任だという意識が備わっていると思います。クラブの価値というものは私たちが体現しないといけないですし、 常に何かを理解しようという姿勢があります。今、世界はものすごいスピードで変わってきていますし、私たちも変わらないといけない。だから、いろんな人たちが受け入れていかないといけないんですよね。やっぱり、若い人たちの方が、関心度も吸収力も高いんですよ。これからこの地球に長く住んでいくのは若い人たちになるわけですから。彼らの方が興味を持って取り組んでいますし、彼らの子ども、そしてそのまた子どもというように、サステナビリティの意識が受け継がれていくのかなと思います。

Jリーグでは今、どのようなサステナビリティに関する取り組みを行っているのか。Jリーグ執行役員でサステナビリティ領域担当を務める辻井隆行氏が、Jリーグが目指す姿を示すとともに、各Jクラブの取り組みを紹介した。

 1993年に10クラブが参加して幕を開けたJリーグは、31年間の歩みの中で60クラブにまで増え、全国41都道府県にクラブが存在する。地域密着を理念に掲げるなかで、それぞれの地域を活性化させることもクラブの役割となっている。

 その一端として、Jリーグは自治体や地元企業などとともに「シャレン!」(社会連携活動)を実施し、活力ある地域づくり、関係性の構築と学びの機会づくりなどにつなげている。

 そのなかでも本質となるのは、人と人とのつながりだ。社会・経済活動において、生きづらさを感じる方々、例えば高齢者や子ども、障がいを持った方を対象とした活動に力を注いできているが、近年は社会・経済活動を行う土台が揺らいできていると、辻井氏は言う。

「2018年を境に台風や線状降水帯、大雨による影響で中止になる試合の数が、5倍ぐらいに増えています。それから、暑さですね。もちろんシーズンを移行することである程度の解決が見られると思っているんですが、 今みたいな暑さがさらに進行していくと、シーズンを変えただけでは対応できないのではないかと懸念しています。」

 実際に日本全国では熱中症による救急搬送の数が2018年を境に増加しており、サッカーの現場でも昨年、埼玉県のシニアリーグで熱中症による死亡者が出てしまった。
 熱中症のガイドラインに則り、試合が中止になるケースも増えており、社会人のサッカー大会では、抽選により勝敗が決定することも現実として起きている。
そうした背景があるなかで、Jリーグとして取り組むべきことは何か。それは環境や社会に対して生まれるマイナスのインパクトを最小限に抑えること。それを実現するために、昨年、Jリーグにサステナビリティ部が立ち上げられた。

 Jリーグでは2023年の全公式戦1220試合を再エネで運営しており、温室効果ガスの排出量を可視化、削減に取り組んでいる。また2030年までに、CO2排出量の50%削減(初年度対比)を目指している。

 一方でマイナスのインパクトを最小限にするだけではなく、「ポジティブなインパクトを出していきたい」と辻井氏は語る。
「Jリーグは今、年間で延べ1100万人のみなさんが試合会場に足を運んでくださっています。また全国60クラブのホームタウンは、日本の国土の面積比で約87%をカバーしていることになります。クラブ、ファン・サポーターだけではなく、地域の自治体、NPO団体、企業の方々と手を取って、ポジティブなインパクトを出していきたいなと思っています。」
 こうした活動を行うなかで、人々の環境問題に対する意識を変え、行動を変え、仕組みを変えることこそが、Jリーグの大きな目的となっている。

「日本ではまだまだ、環境に対する取り組みへの敷居が高く感じられることがありますが、そんなことを言っていると本当に間に合わなくなります。2027年には、サッカーファミリーではそういうことをやることが当たり前になっているといいなと思っています。」

 Jリーグだけではなく、各クラブも様々なチャレンジを行なっている。
 例えば大宮アルディージャは昨年10月に環境省が推進するデコ活と連係し、試合会場で環境にまつわるトークイベントを実施した。
 FC大阪は「OSAKAゼロカーボン・スマートシティ・ファウンデーション」の理事を務め、様々な団体と気候変動対策の推進を行っている。

 また水戸ホーリーホックは今年5月にソーラーシェアリングの仕組みを活用した「GXプロジェクト」を立ち上げ、農業人口の低下という地域課題とともに、気候アクションに取り組むことを宣言している。

「Jリーグとしてはもちろん、気候変動問題の解決というところはやっていきたいんですが、同時に地域の循環、雇用の創出、過疎化対策などを含めた地域の活性化をぜひ推進していきたいと思っています。今回、トッテナムの素晴らしいプレゼンテーションを拝見して、 サッカークラブが持つポテンシャルというものを今まで以上に感じました。Jリーグの60クラブがトッテナムとまったく同じになる必要はないと思いますが、 そのポテンシャルをどんどん高めていくことで、企業との連携の面でも、新しい領域、新しい可能性がどんどんと広がっていくだろうなと、強く思いました。」
 環境問題や地域課題など、現代社会には様々なテーマが横たわるなか、Jリーグ、そして各クラブにできることは決してサッカーだけではないはずだ。

 カンファレンスの最後を締めくくったのは、元アスリートによるトークセッションだ。トッテナムのOBで元イングランド代表DFのレドリー キング氏と、日本障がい者サッカー連盟会長で元日本代表MFの北澤豪氏、そして元競泳日本代表の井本直歩子氏を迎え、Jリーグ執行役員辻井隆行のファシリテーションのもと「サステナビリティ推進におけるアスリートの役割」をテーマに、それぞれの考えを語り合った。

――トッテナムはサステナビリティの取り組みに力を注いでいますが、レドリーさん自身はそのことについてどのように感じてらっしゃいますか。

キング トッテナムは数年前からサステナビリティに対してすごく熱い想いを持っています。新しいトレーニング施設もスタジアムも、サステナビリティを念頭に入れて作られました。トレーニング施設には自然の池だったり、キッチンガーデンがあって、そこでは様々な野菜やフルーツが栽培されています。新しいスタジアムも、古いスタジアムからリサイクルされた素材が使われていますし、再生可能エネルギーも使っています。 みんながパッションを持って展開している活動なんですけど、グローバルリーチも広がっていて、それによっていろんな違いをもたらしていると思います。

――トッテナムでは選手全員がサステナビリティの教育を受けているそうですが、北澤さんはそのことについてどう思いますか。

北澤 間違いなく、僕らの時代にはなかったですよね。そんな話もないですし、どちらかというと個人で学んでいかなければいけないテーマだったと思います。ただ、今はクラブの方が、どうあるべきかということが分かっているので、それに対して選手はどこまで理解しているのかなって、ちょっとギャップを感じてはいましたけど。結局は選手がどういう発信をしていくかが一番伝わることだと思うので、選手を教育していくことはすごく重要になるんじゃないでしょうか。

――井本さんは情熱を持ってこの問題に向き合っていますが、クラブに教育プログラムがあると聞いた時はどう感じましたか?

井本 もう本当に理想ですよね。今、日本では 学びたいと思っている、あるいは関心があるアスリートたちが少しずつ増えてきているんですよね。今は日本財団HEROsの活動の一環として行っている、スポーツ界から使い捨てプラごみ削減を目指すプロジェクト「HEROs PLEDGE」を中心にいろんな競技の人たちがみんなで集まって勉強しながら、それぞれが自分たちの持ち場で発信することによって、どんどんその輪が広がっているような気がします。私が現役だった頃は、アスリートはその競技だけをやっていればいい、試合に集中しろっていうようなことを言われ続けてきました。でも、今、こういった社会課題に対してしっかり取り組んでいく、そして自分の影響力を周りに伝えていくっていう風に思っている若いアスリートが増えてきています。そのネットワークが広がっているのは、すごく希望が持てることだと思っています。

――レドリーさんは今、トッテナムのアンバサダーを務めていますが、サステナブルのトレーニングを受けられているのでしょうか。

キング 私は受けていないんですよ。ただ今の選手たちは、真面目に取り組んでいると思います。例えばエリック ダイアー(現バイエルン)は、自宅の庭にフルーツの木を植えるようになったんですね。彼だけではなく、いろんな選手たちが何らかの影響を受けているという話を聞いています。学んだからには、いろんな人に伝えていくっていうことが大切で、その輪がどんどん広がっていけばいいですね。

北澤 みんな、しっかりと学んでいるんですね。

キング もちろん、そうです。今はもう世の中がずいぶんと変わってきましたし、 私たちのこのプラットフォームをポジティブな形で活用していかないといけないと思うんですよ。 今後の世代のことを思えば、やるべきことだと感じています。

井本 昨日もサステナビリティの勉強会があったんですね。そこには2人のプロのアスリートが参加してくれました。そのうちの1人が、もっとアクションを起こしたいと考えているんですが、どうやってクラブに伝えたらいいかわからないと言っていて。今日、ここにはクラブの関係者の方々がたくさんいらっしゃっていますが、選手の中には実はそうやって考えている人が結構多いんですよ。なので、一度、選手に「一緒にやってみない?」って聞いてみてほしいんですよね。そうやって問いかけることで、実は自分はもっとやりたいって言うかもしれないですから。

――トッテナムはパートナー企業とも一緒に、様々なアクションを起こしているんですよね。

キング そうですね。大事なことは、これを続けていくことだと思うんですね。今、私たちは正しい道を歩んでいますし、サッカークラブの中で一番グリーンなクラブという自負がありますから。

――日本でもスポーツの力で、企業と融合するような事例は出てきてるんですか?

井本 スキージャンプの高梨沙羅さんは積極的ですよね。彼女は自分でサステナビリティ系のスポンサーをたくさんつけていて、そうした活動に力を入れていますし、企業にとっても高梨さんと組むことで価値が上がるので、ウインウインですよね。あとはBリーグの田渡凌選手(福島ファイヤーボンズ)も、 リサイクルの会社と一緒にウェアをリサイクルしたり、ゴミ拾いのワークショップを行なったりしています。自分で作り上げていく選手がどんどん出てきているので、他の選手たちも、自分もやってみようって思えるような流れが生まれてきていますね。

――北澤さんもマクドナルドと一緒に、社会貢献活動を行っていますよね。

北澤 まだ始めた頃は、スポーツがそういった役割を担うっていうことはなかなかなかったんですけど、今は協力し合えることが当たり前になっている。アクションを変えて、世の中を変えていくことには勇気が必要ですけど、入り口をオープンにしてあげることはすごく大事だなと思います。マクドナルドのチャリティフットサル大会には、橋岡(大樹)くんが参加してくれたんですね。もしかしたら、日本のクラブにいたら来なかったかもしれないですけど、海外に行って、そういったきっかけや気づきがあって、自分もやってみようということで、来てくれたんだと思います。そういう選手が少しずつ増えているのは確かでしょうね。

――今日のカンファレンスを通じて、いろんな気づきがあったと思いますが、最後に皆さんからメッセージをいただきたいと思います。まずは井本さんから。

井本 レジェンドの2人と一緒にこういう議論をさせていただき、ありがたいことです。やっぱりこういう風にアスリートたちが議論する場っていうものが必要だと思っていて。もう場数しかないですよね。そういう場を与えてしまうっていうのも一つの手だと思います。クラブの方から選手の背中を押してあげることもすごく大事じゃないかなと思います。やっぱり最初の1歩っていうのは、とても勇気がいるんですよ。私自身もそういった社会課題に対してアプローチをしていく時っていうのは、ものすごい勇気が必要でしたけど、場数を踏んでいくと、自信をもって話せるようになる。そういった機会をどんどんフロントの人には作っていただきたいなと思いますね。

――北澤さんは今回のカンファレンスを通じて、どのようなことを感じましたか。

北澤 だから、トッテナムは強いんだなって。強いっていうのは、もちろん勝ち負けだけではなくて、クラブへのリスペクトですよね。ファン・サポーターだけじゃなくて、選手たちもこのクラブに誇りを感じているんじゃないかな。それはやっぱり、いろんな活動をしない限り、生まれてこないものだと思います。サッカークラブとして、どうやって時代を作っていくか。それはタイトルを取るだけじゃなくて、サッカーを通じて世の中にどういった影響力を与えられるか。そこにアプローチするトッテナムの取り組みは、間違いなく最先端を行っていると思います。

――最後にレドリーさん。日本のサッカークラブ、スポーツ団体、それから選手に向けて、メッセージをお願いします。

キング まずはこうやって、皆様とお過ごしさせていただけるのは、すごく光栄でした。やはり、これからも学び続けることが大切ですね。なかなか変われないっていう人もいるかもしれませんけど、だからといって遅いわけではないんですよ。自分自身も勉強していますし、私の家族もそうです。だからみなさんも、できるはずなんですよ。みんなが少しでも行動することによって、大きな違いにつながると思います。

サステナビリティの領域で最先端を行くトッテナムクラブの取り組みを目の当たりにし、参加者からは感嘆の声が漏れていた。気候アクションの1歩を踏み出したばかりの我々Jリーグにとっても、他参加団体にとっても大きな学びと行動へのきっかけを得られる貴重な時間となったに違いない。

Jリーグ気候アクションのロードマップ

意識が変わる

“気候変動とサッカーには深い関係があり、サッカーファミリーはその解決の力になれる。”

温室効果ガス

「Scope1,2」排出量と削減量を可視化

目指す状態

クラブがハブとなって地域資源(人・文化・自然)を活かしながら、再エネが広がり、自然環境保全・再生が進みはじめている(10クラブ程度)

サッカーファミリーとともに

サッカーファミリーが学ぶ場の深化・拡大

行動が変わる

“地球とサッカーを守るため、カーボンニュートラルを意識した選択と行動がサッカーファミリーのスタンダードになる。”

温室効果ガス

「Scope1,2,3」排出量と削減量を可視化

目指す状態

クラブがハブとなって地域資源(人・文化・自然)を活かしながら、再エネが広がり、自然環境保全・再生が進みはじめている(30クラブ程度)

サッカーファミリーとともに

サッカーファミリー、地域のステークホルダーが連携を深め、行動・実践が加速する

社会が変わる

“ホームタウン全てで、カーボンニュートラルと地域活性化を両立するための社会システム実現が進む。”

温室効果ガス

CO2排出量初年度対比50%削減

目指す状態

クラブがハブとなって地域資源(人・文化・自然)を活かしながら、再エネが広がり、自然環境保全・再生が進みはじめている(60クラブ程度)

サッカーファミリーとともに

様々なステークホルダーとともに、便利で環境に優しい仕組みづくりに向けて前進する

※Scope1:燃焼によって直接的に排出される温室効果ガスの量
 Scope2:供給される電気の使用に伴って排出される温室効果ガスの量
 Scope3:Scope1、Scope2以外に間接的に排出される温室効果ガスの量