90+1分の横浜FC・大久保哲哉の勝ち越しゴールから試合終了までの間、山口素弘監督はタッチライン際にしゃがみながら祈るように戦況を見つめていた。それは、17節までホームスタジアムで勝ちがないということの重圧の重さの現れだった。試合展開そのものは、これまでの悪夢に再び引き込まれそうな展開、しかし、ニッパツ三ツ沢球技場での横浜FC戦では過去最高の11,482人が駆けつけたスタンド、そしてその後押しを受けた選手自身が、自らを縛っていた鎖を解き放つことに成功した。
前半は両チーム併せてシュート4本と、ややにらみ合いの展開。山口監督(横浜FC)が「ポジショニングだったり、相手をどうはめるかというところをやっていて、それが逆に選手の心理の中で強く出過ぎた」と振り返れば、永里源気が「今日は大事に入りすぎた。もう少しリスクを負って裏を狙ってくれても良かったと思う。動き出してもなかなかボールを引き出せなかった」というように、お互いの守備意識が優先された。
その中で、先制点は13分、横浜FCにもたらされる。野上結貴からのロングフィードが強風で押し戻され、横竹翔が目測を誤ったところを大久保が競り勝ちそのまま左足でゴールにたたき込んだ。その後も、横浜FCの中盤でのプレッシングが、鳥取のビルドアップを封じる。佐藤謙介が「練習の時から相手のボランチへのプレッシャーは意識していたし、(その通りに)相手が長いボールに頼ってくれたのでセカンドボールは拾いやすかった」振り返れば、そのプレッシングを受けた鳥取・小村徳男監督が「ビルドアップからトップへのボールの供給に課題があった」と感想を述べるように横浜FCが試合をコントロールして終わる前半だった。
後半、鳥取は課題のビルドアップを改善するために吉野智行を投入し、一方の横浜FCも「強くボールホルダーに行こうということを(ハーフタイムに)伝えた」というように、一転して前向きの姿勢を両者が向きだしにする展開となる。横浜FCが、中盤で良いボールの奪い方から、前半よりもスペースが生まれた中盤で狙いとするパスワークを見せる場面を増やすと、鳥取もカウンターで人数を掛けるようになる。その前半よりもオープンな展開になったところで鳥取が同点に追いつく。
79分、横浜FCが攻め残りの影響で前目でプレスを掛けたところをかわすと、右サイドを岡本達也が突破。最後はボックスの中に5人が飛び込む分厚いカウンターを永里が決めて同点に追いつく。
これまでの横浜FCであれば、失点のショックを引きずって勝点を失う展開。シュナイダー潤之介も「失点の時にはガクッとしていたのも見えた」と語ったが、その雰囲気を満員のニッパ球が、そして選手自身が解き放つ。86分に高地系治、田原豊を同時に投入し3ー1ー4ー2に変更。山口監督が、勝点3への強いメッセージを発すると、高い位置のプレッシャーでボールを奪った90+1分、大久保と田原が2人ともフリーで裏に抜け出すタイミングで高地が絶妙に出したスルーパスを大久保が冷静に決めて勝ち越し。そのまま最高潮に達した三ツ沢の丘は、冒頭で書いた山口監督の祈りも通じ、今季初の歓喜に包まれた。
横浜FCにとっては、念願のホーム初勝利。それも、1万人を越すお客さんの前で果たした劇的な勝利であり、これまで恵まれなかった結果を、最高の雰囲気の三ツ沢と一体でもぎとったことに大きな意味がある。シュナイダー潤之介が「みんなでしっかり声を掛け合っていたし、札幌戦とは雲泥の差の出来だった」と振り返るように、札幌戦のショックを糧にチームがより一段高い結束力を得ることになったのではないだろうか。そして、そのチームの結束を最後のゴールに2度つなげた大久保は、間違いなく横浜FCの「センター」。7ゴール目で得点ランクも4位に浮上した。「自分がゴールしてチームが勝利させるのがフォワード。あの瞬間はしびれたし、この瞬間のためにサッカーをしている」と述べる大久保。横浜FCでプロになり、一度は博多に行き、横浜に戻ってきてチームを牽引するエースストライカーが、この日横浜の熱い夜を作り上げたのは間違いない。
鳥取にとっては、小村監督が振り返るように、スカウティングに基づいたサッカーは展開できていただけに、1点目のミスによる失点は悔やまれるところ。そして、後半の得点シーンはその狙いが見事にハマった瞬間だった。後半、吉野を投入することでチームの攻撃に一本芯が通ったことは間違いない。その上で、攻守のバランスを調整しながら、勝点3を狙っていく戦い。これは、守備から構築してきた小村監督にとって、次の課題になってくる。アウェイながら、勝ち越しを狙う積極的采配でその姿勢を示したことは、今後の鳥取の成長の糧になるだろう。
やはり、満員の三ツ沢はひと味もふた味も違う。この試合では、初めて三ツ沢に訪れたお客さんも多かったが、スタジアムに入った瞬間「近い」と驚く声も数多く聞かれた。この試合は、サッカー観戦の魅力を間違いなく伝えられたのではないだろうか。横浜のサッカーが、さらに熱くなるスタートポイントになった試合だった。
以上
2013.06.09 Reported by 松尾真一郎
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