今日の試合速報

コラム

Jリーグチェアマン 村井満の“アディショナルタイム”

2015/4/30 13:30

レフェリーの笛(♯33)

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レフェリーの笛(ホイッスル)は本当に奥が深い。判定の話ではなく、本物のホイッスルの話である。

空高く響き渡るワクワクするようなキックオフのホイッスルもあれば、許せない反則への警告音のホイッスルもある。そして、死力を尽くした後の余韻を残すような試合終了を告げるホイッスルもある。

先日レフェリー用のホイッスルを開発する専門家のお話を聞く機会を得た。株式会社モルテンのスポーツ事業部に在籍する田中政行さんだ。モルテンの開発方針は、「ホイッスルを競技別に最適化する」というものだ。ピッチの広さや観客の規模感によって音の大小は異なり、屋外か屋内かによって音の響きも変わる。他競技と比べ、サッカーの場合レフェリーが選手と積極的にコミュニケーションを取ろうとする。それだけにサッカーではホイッスルの表現力が必要とされるという。音色も音のキレやきらびやかさ、響きまで開発段階で丹念に考慮するのだという。また警告などの場合は音が鋭く立ち上る必要もある。

ホイッスルの開発を担うモルテンの田中さん
ホイッスルの開発を担うモルテンの田中さん

田中さんは何度もレフェリーのトレーニング会場に通い、吹く側の意思と聞く側のストレスの理解を深め、「レフェリーの意思と感情」が表現できるホイッスルの試作品を作り続けた。キレがありながらも厚みのある音は、楽器の音響工学書によれば「高次倍音(オクターブ上の音)を増加させれば良い」のだそうだ。とはいえ、高次倍音を増加させる方法がわからず、100を超える試作品を作り続けたという。本当に研究熱心だ。音の試作は工場の事務所奥で行っていたが、1日中あまりにピーピーうるさいので事務所から追い出され、倉庫を追われ、エレベーターで上下に移動しながら吹いたりしたという。半ば朦朧として咥える部分と音が出る部分の間を握って吹いたときにいつもと違うキラキラした音がした。これが高次倍音を増加させるホイッスルの発見の瞬間だ。後にホイッスルの上下に大きく張り出した「フィン」が開発されるのだが、その原型となったのだという。この「フィン」は国際特許を取得している。

サッカーレフェリー用ホイッスル「バルキーン」
サッカーレフェリー用ホイッスル「バルキーン」

ホイッスルの形状にも気を配っている。レフェリーは走る時握りこぶしを固めて走る。握ったホイッスルが瞬時に構えられるようにするにはどうするか。ヒントは1976年の映画「タクシードライバー」における主演のロバート・デニーロが次期大統領候補を暗殺するために腕を振ると袖から銃が飛び出してきて握るシーンだという。そして田中さんは、何度もバタフライナイフやトランプのトリックの研究をして指に絡ませる現在の「フリップグリップ」という形状に至るのだという。

ホイッスルが瞬時に握れる秘密兵器「フリップグリップ」
ホイッスルが瞬時に握れる秘密兵器「フリップグリップ」

田中さんは私にこう言った。「ホイッスルは試合の重要な場面で吹かれます。選手だけでなく、観客にとってもレフェリーの伝えたい思いは印象を残します。サッカーレフェリー用ホイッスルの音が、サッカー観戦の素晴らしい音風景として、無意識に観客の記憶に残ることを願っています。」田中さんが開発したホイッスル「バルキーン」の音色に耳を傾け、レフェリーが伝えたい思いを確かめてみてはどうだろう。

レフェリーが伝えたい思い。レフェリーの語源は「refer」である。「国家間の紛争の調停を国連に委ねる。」といったときの「委ねる」は「refer」を使う。ファウルを受けても受けた側にプレーを続ける意思があり、判定を委ねる必要がない場合、レフェリーはアドバンテージを採用してゲームを止めない。こうした選手とレフェリーの姿勢こそがタフで球際に厳しいサッカーへとつながっていく。機械が判定する競技とは大きく異なる点のひとつだ。また、ひとたび判定が出た場合、選手もクラブもファン・サポーターもレフェリーに委ねた以上、判定に関して異議を申し立てたりするのは本来の趣旨とは異なるはずだ。もちろん、人が行う判定にはミスもある。そうしたミスを防ぐためにレフェリー側は研鑽を積み重ねていく必要がある。一方で委ねた側もレフェリーの伝えたい思いに耳を傾けるべきだろう。私にはホイッスルを通してレフェリーが「フェアに、激しく!」と伝えているように感じる時が何より嬉しい。